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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十四日目 その四十五

夜の荒野にてなすべき務めを果たしたサイアス隊は、

戦後処理及び城砦への帰還準備を開始した。


まずは彼我の損害状況の確認となった。

サイアス隊の損害については、人的被害はほぼ皆無であり、

多少の打ち身や擦過傷があるかないかというところだった。

装備についてはサイアスのホプロン、デネブの細身の鉄槍に帯剣、

ブークとラーズの矢合わせて30本とマンゴネルの弾丸15発。

あとは油や水、布や皮袋といった細々した備品が十数点だった。


サイアスが外して捨てた小具足類はデネブが密かに回収していた。

明所で確認したところ無数の小傷が付いており、少なくとも

対人戦においては適切に役目を果たしていたようだった。


敵方の被害は甚大無比であった。百人隊に扮した私掠兵団員たる

野盗が40数名、グウィディオンとその供回り計3名。総計として

45名程の人的被害を出し、全滅していた。

眷属については大口手足3体とできそこない10数匹。

できそこないについては付近一帯を焼き払って消し炭にしたため、

実際はさらに討伐数が多い可能性もあった。

敵方の備品はことごとく損壊あるいは焼失しており、遺体もすべて

痛み切っていた。これらはどのみち眷属の餌となるため、

適当な箇所に火を放ち、後は放置することとした。


グウィディオンらの騎乗していた3頭の馬はいずれも無傷であり、

そのまま接収されることになった。3頭はいずれもグウィディオンら

私掠兵団の私物であった。特にグウィディオンの騎乗していた馬は

数年前に滅んだ都市で至宝と謳われていた名馬であり、帰砦に際して

クラニール・ブークが騎乗、そのまま引き取り愛馬とした。


残る2頭も大柄の上等な軍馬であり、うち1頭にはセメレーが騎乗、

城砦へと先行し状況報告に向かった。残る1頭にはマンゴネルに変形する

台車を曳かせ、姿を現し泣き崩れ、そのまま寝入ってしまった

ニティヤを積み荷とした。一通り支度を終えた一向は

騎乗したブークを先頭とし、台車を曳く馬の脇にはランドが立った。

また城砦から遠い右手には繚星の鞘に左手を添えたサイアスと

サイアスの八束の剣を借りたデネブが、城砦に近い左手には

遠方を眼光鋭く哨戒するラーズが陣取り、遠巻きに見え隠れする

眷属を警戒しつつ城砦へと向かった。


程なくして、城砦に先行していたセメレーが

自身の小隊10余名を率いて警護に現れた。ちらほらと

姿を見せていた眷属たちはその様に警戒して離れていき、

サイアスたちは追加の戦闘を経ずして南門から入砦することに成功した。



城砦南門の内側、外郭と内郭の接点に当たる広場では、無数の篝火に

照らされた中、査察の件を無難に終えたデレクらから連絡を受けた

ロイエとベリル、さらには第三戦隊のブークの供回りが

首を長くして待ち受けており、一向の無事の帰還を喜んだ。


「さて、やっと帰ってこれたね…… 

 皆、よくやってくれた。あとは私に任せてくれたまえ。

 サイアス隊は明日一日、ゆっくり休養を取るといい。

 ロイエンタール君やベリル君も一緒に休みたまえ。

 サイアス君へは夕刻に褒賞に関する書状を送ることになるだろう。

 適宜処理しておいてくれたまえ」


「了解しました。此度は閣下のお力添えにて

 無事任務達成と相成ったこと、感謝の念に堪えません。

 さらなる精進によってご芳情にお応えする所存です」


サイアスはブークに敬礼し、次いで深々と頭を下げた。


「何の。こちらこそ感謝してもし切れないよ。

 うむ、是非また居室にも遊びにきてくれたまえ。

 今度は食事でもしよう。家内も喜ぶ」


ブークはサイアスの肩や背をぽんぽんと叩いて顔を上げさせ、

手を差し伸べ握手をしつつ、にこやかな表情で頷いて、

やがて部下と共に営舎へと引き上げていった。


「セメレー殿。此度は助かりました。

 貴方の戦いぶりには大いに学ばせて貰った。

 次の機会には私が貴方の助けとなりましょう。

 何かあったら是非呼んでください」


サイアスはセメレーにそう言って敬礼し、頭を下げた。


「おいサイアス殿! 戦場でのやんちゃ振りはどうした? 

 水臭いことを言うな! もはや我らは戦友ぞ! 

 今後も気軽にセメレーと呼び捨てよ!」


セメレーは自身よりかなり歳若いサイアスにそう言って笑った。


「では私のこともサイアスと呼び捨ててください。

 ともあれ此度はありがとう。またお会いしよう」


サイアスはセメレーに向かって剣礼をし、

セメレーもまた剣礼をして、背後に整列した第二戦隊兵士たちも

一斉に剣を抜きつれそれに倣った。その後サイアスとセメレーは

小手をカツリと打ち合わせて笑顔で頷き、

セメレー隊は東の第二戦隊営舎へと戻っていった。


「ランド、シェドは無事らしい。君も無事で何よりだ。

 閣下の仰せの通り、君も明日はゆっくりするといい。また明後日に」


「え? あ、あぁそうだね。 

 ……何だか凄いよね、やっぱ遠いや…… 

 っと、すっかり世話になっちゃったね。ありがとう!

 今日明日はのんびり考え事でもしてみるよ。それじゃまたね」


ランドはややはにかみつつも笑顔で挨拶し、西の第三戦隊営舎へと

帰っていった。マンゴネルは後程第三戦隊の兵士が

回収するとのことだった。


「さて、あとは戻って休むか……」


サイアスが周囲を見やると既にニティヤの姿はなく、

デネブはロイエやベリルと合流しており、三人はサイアスを眺めつつ

何やら相談している風だった。ややあってロイエがズンズンと

歩み寄ってきて、開口一番、


「ちょっとサイアス! あんた眷属に吹っ飛ばされたらしいわね! 

 さっさと治療うけてきなさい!」


と指図した。サイアスとしては思い出したくない過去だったので


「別にいいよ怪我はないし」


とムスッとしつつ答えたが、それでロイエが納得するはずもなく、


「引きずってでも連れていくわよ! てか引きずって連れてくわ!

 デネブ! 手を貸して!」


とデネブと共に両脇を抱え、医局のある本城中央の指令塔へと

ズルズルとサイアスを引きずっていった。


「ちょっと、平気だから、放して、ってあぁもう!

 ラーズ! ベリルの隣の居室が空いてるから、当面そこで!」


サイアスはそれだけ言い残し、ロイエとデネブに連行された。


「やれやれ、『英雄色を好む』っていうが、

 ありゃあ『色に好まれる』だな。一生女で苦労しそうだぜ」


ラーズはクツクツと笑いつつその様を見送ると、

反応に困っているベリルと共に北西の第四戦隊営舎へと戻っていった。



「お帰りなさいませ、閣下。グウィディオンは如何でした?」


ブークが執務室に戻ると、来客が二人出迎えてみせた。

一人は参謀部の軍師ルジヌ。今一人は純白のローブを纏い、

さらに純白のケープを羽織った金髪碧眼の中性的な人物だった。


「人間離れしていたよ。文字通りの意味でね。

 平原の人間があれほどの魔力を有しているのは流石に不可解だ。

 出自と経歴を洗いなおした方がいい」


「ふむ、常識の範囲外ですか。搦め手でしょうか…… 

 手配いたします」


純白のローブの人物はそう返答した。声は女性のものだった。

次いでルジヌがブークに査察についての経緯を報告をした。


「機動大隊とは戦闘には至りませんでした。

 ガーウェイン千人隊長は持参していたトリクティア政府からの

 書状を供出し、当人も事態の収拾に向け全面的な協力を約しています。

 もっとも彼が入砦後間をおかずこちらに書状を提出していれば、

 本件はもっと迅速かつ効率的に対処が済んでいたでしょうが」


「メンツというヤツだろうね。まぁ判らんでもないさ。

 武人というのは皆そうだから…… 処罰は決まったのかね?」


「は、それが……」


ルジヌはやや返答を躊躇し、

代わりに純白のローブの人物が言葉を継いだ。


「千人隊長を返上し百人隊長に自ら降格。その上で機動大隊を辞職。

 配下有志と共に、欠けた補充兵の代わりとして入砦し、

 自らの武を以て贖罪する、だそうですよ」


ローブの人物は女性の声で呆れ混じりに、しかし楽しげにそう言った。


「……はぁ。また極め付けの頑固者だな。まぁ音に聞こえた武辺者だ。

 ありがたく参陣願おうか。 ……しかし」


ブークはため息交じりにそう言って言葉を区切り、

物珍しげに純白の人物を見やった。


「君が出てくるとはね。もうそんな時期なのだなあ。

 月日が経つのは早いものだね、セラエノ参謀長」


「私は季節の果実か何かですか? 出不精なのは否定しませんけれど」


中性的な魅力を持つ細身の女性、参謀長にして城砦軍師長セラエノは

楽しげにそう答え、さらに続けた。ローブの上からさらに羽織った

純白のケープは、背中がやけに膨らんでみえた。


「ひと月切っていますね…… 私の見込みではあと10日ほどです」

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