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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十四日目 その四十三

徐々に更けつつある夜の荒野。星々の煌めきは

いや増すばかりで無辺の大地を淡く照らしあげていた。

紺と銀とが光と闇を複雑に彩って織りなす世界にあって、

不自然な程赤々として灰色の煙が立ち上るその地に

数名の人影が集い、何かを待ち構えているようだった。


やがて北方から馬蹄を響かせ、3騎の騎兵が近づいてきた。

いずれも大柄な黒馬であり、左右の騎兵はスケイルメイルを纏い

羽飾り付きの兜をかぶって手には槍を携えていた。

中央の一騎は馬も騎士も一際大柄であり、炎のような赤い縁取りの

装飾がなされた甲冑を纏い、左右に金属の翼を持つ兜は面頬が降ろされ、

着用者の素顔を隠していた。中央の一騎が持つ武器は長柄の先に複数の

刃が付いたグレイブともハルバードとも付かぬ特殊なものであり、

側面にせり出した湾曲した刃が稲穂を刈り取る大鎌を連想させた。


3騎は地に立ち待ち受ける6名から十数歩離れた位置で馬足を留め、

周囲を見渡し状況を確認していた。ややあって、

中央の騎士が面頬の奥からくぐもった声を発した。

その声は赤錆びた扉を無理やりこじ開けるような、

不快極まる印象を聞く者に与える禍々しいものだった。



「配下を追い、炎を目指して来てはみたが、これは一体どういうことだ。

 返答次第では貴様らを捕縛することになるぞ」


子供なら聞くだけで泣き出すような声で脅しを受けた6名の歩兵は、

しかしまるで動じる風もなく眼前の3騎を見つめ返し、やがて

中央の細身で小柄な一人が口を開いた。


「いきなり現れて、無礼も大概にしておくことだ。

 まずは所属と階級を名乗るがいい。私は第四戦隊所属、

 城砦兵士サイアス。こちらは私が預かる小隊だ」


サイアスは普段からは考えられない程、

横柄かつ威圧的な口調でそう言った。


「フン、たかが兵卒風情が何をほざくか! 

 俺はトリクティア機動大隊所属、百人隊長ヴォイディングだ。

 即刻状況を答申せねば首を撥ねるぞ!」


黒い甲冑をまとった騎士、百人隊長ヴォイディングは

そう言ってサイアスを恫喝した。


「おやおや、これはいけないな。上官不敬にも程がある。

 ヴォイディングだったか。君、覚悟はできているのだろうね……」


サイアスの脇で様子を見ていたブークがそう告げた。


「下郎が! 何をぬかすか!」


「貴様から滅してくれようか!」


左右の2騎が激昂して吠えた。しかしブークは涼しげな顔で返答した。


「第四戦隊兵士は統制上他戦隊の上位として扱う。

 城砦兵士であれば他戦隊の城砦兵士長が本来の階級だ。

 一方各国派遣の駐留部隊は在任中は各戦隊と同列として扱う。

 つまり各戦隊兵士長相当の百人隊長は第四戦隊兵士の下位となる。

 要するに上官不敬ということだ。まさか駐留騎士団の百人隊長とも

 あろうものが、知らぬわけはあるまいね」


「クッ! 何を……」


左右の2騎が何か言い返そうとしたが、

ヴォイディングが手を振ってそれを押しとどめた。


「……無論承知している。ただし戦隊長級の人物ならともかく、

 末端の兵士に至るまで顔を見知っているわけではないのでな。

 部下の惨状をみて少々取り乱したまでだ。許されよ」


先刻とは打って変わって穏やかな声でヴォイディングは言った。

煮えたぎった溶岩と凍てついた氷河を同時に内包するような、

変わり身と呼ぶにはいささか人間離れした変化であった。


「それで状況の説明は願えるのかね。サイアス殿?」


ヴォイディングの軋む声を受けサイアスは続けた。


「そこらに転がる百人隊らしき屍のことか?

 城砦の戒律を破り放逐刑となった不逞補充兵と不当に合流し、

 戒めを解き装備を手渡して自隊に吸収した現場を見咎めたところ、

 戦闘となったゆえ処分したまでだ。そこに眷属も現れて現状に至る」


サイアスはサイアスで相変わらず横柄な口調で機械的にそう答えた。


「グッ…… 手前ェ……」


ヴォイディングの左右の騎兵はほんの若造に過ぎぬサイアスの物言いに

我慢ならぬといった様相であったが、ヴォイディングは

微塵の感情も感じさせぬ声で応じた。


「この者らが不逞補充兵を吸収したという証拠がどこにある」


これに対してはブークが応えた。


「燃え残りの屍の手首を見るといい。

 黒々とした縄目の跡が残っているだろう。道標に塗布する

 特殊な薬品に浸した縄で縛ってあったのでね。

 そうそう消えることはない」


果たしてブークの言の通り、

屍の手首には黒々とした縄目のあとが残っていた。


「先だって、平原各地で擾乱を招いた悪党グウィディオンと

 その一味が補充兵に紛れ込み、城砦へ潜入していると

 報告を受けていたのでね。疑わしい者どもを追って現場へ来てみれば、

 やはりそういうことだったというわけだ。

 嫌疑は当然指揮官である君らにもかかっているが、申し開きはあるかね」



3騎の兵は僅かに身体を揺らし、すぐに左右の兵が吠え返した。


「貴ッ様ァ! 先ほどから黙って聞いていれば、無礼にも程があろう!」


「小隊長ならともかく、三下の貴様がなにゆえ我らにタメ口でほざくか!

 身の程をわきまえろ!」


この物言いに対して、これまでひたすら沈黙を守っていた

セメレーが特大の大声で吠え返した。


「控えんか下郎ども! この方をどなたと心得る!

 中央城砦第三戦隊の長にして城砦騎士、

 クラニール・ブーク辺境伯閣下その人であるぞッ!!」


セメレーの大音声とその内容に、騎馬3名は明確に怯み、動きを止めた。


「あぁ、セメレー君ご苦労さん。

 大声を張り上げるのは苦手でね。とても助かったよ。

 ともあれ私がそのブークだ。今回はサイアス君の支援で

 現場に混ぜて貰っているのだよ。短い付き合いだが、まぁよろしく」


ブークはそう言って騎馬3名に薄く笑みを浮かべた。

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