サイアスの千日物語 三十四日目 その四十一
城砦内郭、北西区画。城砦北門から程近い位置に、
本城の城壁と並行する恰好で駐留騎士団の営舎が設営されていた。
連合軍規約における各国派遣の駐留騎士団の員数は
50名となっており、輸送任務での臨時滞在を見込んで
100名程度が常駐できるよう考慮されていた。
トリクティア機動大隊は数千人規模の員数を誇るものの、
そのうち荒野遠征の任に耐え得る人員はわずか数百程度であり、
今回の任務にはそのうち概ね200名前後が動員され、うち半数は
平原西端のアウクシリウムに駐屯して物資や人員輸送の手はずを整え、
50名規模の輸送部隊二つを行き交うように用いる手はずとなっていた。
機動大隊の到着以降、まだ輸送部隊の発着はないために、
現状城砦には100名余の機動大隊兵士が滞在しており、
駐留騎士団の営舎はほぼ満室状態となっていた。
もっとも今夜はやけに灯りが少なく、人影もまばらで
まるで活気が見られなかった。
「んー? これ気づかれてないか…… 不安になってきたぞ」
デレクは配下と共に駐留騎士団営舎へと向かいつつ、
思った通りを口にした。デレクのすぐ脇には軍師ルジヌが
闇と同化するように気配を消して控え、デレクの後方には
2列縦隊14名の第四戦隊兵士たちが、各々柄の短い武器や
資材、薬品等を運びつつ黙々とつき従っていた。
「駐留騎士団の現状員数は100名余ですが、
グウィディオンの手下が出払ったと考えれば、丁度輸送部隊が
抜けた正規の員数となるのでしょう。そのため営舎の規模に比して
閑散とした印象を受けるのは妥当ではありますが……
活気という点では確かに疑わしいものがあります。
作戦の変更等考慮しますか?」
ルジヌは講義で見せる張りのある大声ではなく、
デレクにのみ聞こえる程度の声量で、しかし明瞭に返答した。
「……いや、うちより多いのは変わらんし、
出入り口の数が増えるわけでもない。予定通りでー」
やがて一向の前方右手に駐留騎士団の営舎の南端が迫ってきた。
デレクは肩越しに軽く右手を上げて、顔の横で指二本を伸ばして
小さく右へと振った。後続の兵士の群れから二班6名が進路を変え、
静かに営舎南西の通用口へと向かった。
ほどなくして、営舎の中央部で北西向きに設置されている
正門の扉が見えてきた。デレクはそこまで進んで正門へと向き直り、
右手に見える後続の兵士たちに軽く頷いた。後続8名のうち6名が
デレクとルジヌを残してそのまま進み、営舎北東の通用門へと
回り込む手はずとなっていた。
デレクは北東口へ向かった兵士たちが到着する時間を十分に加味し、
両脇に兵士1名ずつ、背後に軍師ルジヌの計3名のみを従えて、
頃合いを見て正門へと進んでいった。
正門では2名の兵士が歩哨をしており、
デレクに向かって形式通りの誰何をした。
「第四戦隊の騎士デレクだ。端的に言うと、御用改めだ。
機動大隊長を出せ。寝てるなら即座に叩き起こせ。
手間かかるんならこっちで起こすが」
デレクはいきなりの喧嘩腰で歩哨2名を恫喝し、
慌てて反応しようとした兵士1名の喉元に、
抜く手も見せず構えた剣の鋭利な切っ先を突き付けた。
デレクの左右の兵も各々抜刀し、デレクの獲物を引き継ぎ
周囲を警戒した。ルジヌは底冷えする眼でじっと捕縛した兵士を
見つめており、兵士は徐々に身体をこわばらせ始めていた。
「ガキじゃあるまいし一人で行けるよな?
こいつは預かっとくぜ。とっとと要件伝えに行きな」
デレクから歩哨1名を引き取った兵士はそう告げた。
デレクは剣を鞘に戻すと自身の後方に油と粉末をばら撒き、
さらに顔を上げて内壁上部を見やった。内壁上部の通路では複数の
兵士が火矢の準備を整え、指揮官らしき1名がデレクへと頷いていた。
ややあって、奥から数名の兵士を伴って初老の男が現れた。
出てきた兵士たちはいずれも防具を身に着けておらず、普段着の
チュニックとホーズにベルトを締め、常用の佩剣を帯びるのみであった。
デレクはその様相にやや首を捻り、取りあえず取ってみた人質は
不要であると判断した。部隊総出で飛び出してくるならともかく、
この程度の数と装備であるならば、瞬き一つするうちに
デレク一人で皆殺しにできるからだ。
「とりあえず引き換え券をお返しするぜ」
歩哨を確保していた兵士がそう言って剣を納め背後に下がった。
取り押さえられていた歩哨は解放されてもすぐには動かず、
過呼吸となって座り込んでいたが、ルジヌがふっと目を逸らした
ことで急速に自由を取り戻し、慌てて仲間の下へと合流した。
「ようこそ城砦騎士デレク殿。それに軍師ルジヌ殿。お待ちしていた。
トリクティア機動大隊所属のガーウェイン千人隊長だ。此度の件、
責苦を負うべきは責任者たるこの私だ。配下へはご容赦願いたい」
初老の男はそう言うと、デレクらに向かって深々と頭を下げた。
千人隊長はトリクティア10州の各州都で防衛隊を率いる長の役職であり、
兵としては最上級に位置していた。他国においては騎士団長や軍団長に
相当する地位の者であり、統制上は城砦の各戦隊長に準ずる立場であって、
第四戦隊副長代行たるデレクとはほぼ同格といえた。
そうした立場の者がかように武装解除し詫びを入れるとあっては、
デレクとしては態度を改めざるを得なかった。
「ふむ…… ガーウェイン殿、面を上げて頂きたい。
こちらも非礼の段はお詫び申し上げる、相すまなかった。
ここは一つ、これで手打ちということにしよう。
もっとも手打ちとはあくまで我ら二人の間でのこと。
務めはきっちり果たさせて貰うが」
デレクはガーウェインに非礼を詫びて兵士二人を後方へ下げ、
肩越しに後方のルジヌへと頷いた。
「無論だデレク殿。我らとて祖国のため平原のために働くことに
誇りを抱き誠を尽くさんと思うておる。まずは我らの赤心の証として、
先刻捉えた侵入者一名をお返しいたそう」
そう言って千人隊長ガーウェインは傍らの配下へと頷いた。
配下の後方から、両脇を兵士に抱えられた1名の補充兵が現れた。
その補充兵とは、消息不明となっていたシェド・フェルだった。
「……何これ」
デレクは訳が分からぬといった風にガーウェインを見やり、
次いでルジヌを見た。ルジヌはため息をついてジト目でシェドを見やり、
シェドは引き攣り笑いで首をすくめていた。




