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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十四日目 その三十八

「ランド君、射撃準備だ。方位0、射角30、強度10」


ランドはブークの指示に従い、マンゴネル中央の計測具の

目盛を調整した。カチリカチリと音がして、

マンゴネルの枠組みが微細な捩じれを見せ始めた。


「方位0、射角30、強度10、準備完了」


「油玉用意」


ランドは脇に積まれた荷から子供の頭部程の球状の物体を取り出し、

引き倒された木匙に似た腕部の皿状の部分にそっと乗せた。


「油玉用意完了」


ブークは満足げに頷いて、長弓に火矢をつがえ、きりりと引き絞った。


「よし、放て!」


ブークの言に合わせ、ランドはレバーをガチリと倒した。

幾条にも捩じられ縒り合された縄が元に戻ろうとする反動を利用して、

腕部が起き上がり、持ち手部位の緩衝材と衝突し、油玉のみが宙に舞って

夜の荒野を高らかに飛翔した。


ブークは飛翔し去った油玉を眼光鋭く睨みつけ、

その軌道を追い、機をみて弓弦を響かせた。放たれた火矢は

低域を高速で直線的に飛翔して、豊かな放物線を描いて

落ちてくる油玉へと突きたった。


ボッという低い大音を響かせて、荒野に昼の明るさが舞い戻った。

油玉に詰められた可燃物が火矢の一撃で炎上、飛散し、

死体を貪るべく攻め寄っていた、できそこないの群れに降りかかったのだ。

予期せぬ一撃で粘着質の燃え盛る液体を浴びたできそこないたちは、

あるものは半狂乱となり、あるものは火だるまとなって絶叫した。


「的中だ。ランド君、微修正しつつどんどんいこうか」


「ハッ! 閣下!」



ラーズが背後を護るなか、デネブを先頭にサイアスとセメレーは

デネブを先鋭な頂点とした二等辺三角形を形成して

大口手足との距離を詰めていた。血まみれの巨大な口をニタリと歪め、

腕をふりかざすようにじわりじわりとにじり寄っていた

大口手足ではあったが、にわかに周囲が明るくなり、

できそこないたちの絶叫が響き渡ると、それに弾かれるようにして

一気に戦闘態勢に入った。


大口手足たちは前方へ倒れ込むようにして

振り上げた両手を降ろし、四つん這いになった。

先刻まで背中であった位置が上面となり、そこには光沢のある

黒く短い毛がびっちりと生え、星明りと炎でテラテラと妖しく輝いていた。

丁度鎖骨の窪みの位置にあった目は、今やぎょろりと前方を見据えていた。

腕立て伏せをするような恰好となった大口手足たちは

筋肉質な四本の腕をシャカシャカと動かし、

縦横無尽に動き回りつつデネブ目掛けて攻め寄せた。


デネブの推測した通り、大口手足は本来こちらの姿勢が主であり、

獲物を威嚇したり捕食したりするときにのみ、二足歩行となるようだった。

つまり頭の無い大男に見えたその実、足の少ない寸胴の蜘蛛だったわけだ。

サイアスは成程と納得しつつも、その特異な様相と挙動に

嫌悪感を抱いて顔をしかめ、セメレーは前方を睨みつつ

やや脇へと歩み出て、両手剣を右側面から後方へ流し脇構えとなった。

デネブは細身の槍を右手一本で長く持っていた。

膂力にして17を誇るデネブにしてみれば、

この状態で槍を振り回すことは造作もなく、槍をまるで

箒かはたきかのようにして、十分な間合いを保とうとしていた。


デネブが余りにも軽々と細身の槍を振り回すため、

その槍が小枝程度の代物であろうと誤認したものか、

中央の一体がこれを侮り、槍に構わず突っ込んできた。

デネブはその突進に合わせて右足を半歩踏込み、槍持つ手首を

内回しに捻って、まさに着地せんとする大口手足の左前肢の肘部分を

穂先で薙いだ。デネブは要は、槍で「旋」を放ったのだ。


しなる残像を残して左前肢の肘元に吸い込まれた槍は

肘から下を手応えすら残さず薙ぎ飛ばし、槍は余勢を駆って上方へと跳ね、

斜めに崩れた大口手足の左目へと落ちた。


着地の足を撥ねられて、さらに目まで潰されて地に叩きつけられた

大口手足は均衡を崩したまま土煙を上げデネブへと滑ってきたが、

デネブは左方へと流れてこれをやり過ごし、背後に控えていたサイアスが

松明を宙に放り投げ、八束の剣を右手で掴んで頭上で旋回させ、気合一閃。

裂けた目の部位へと強撃を放った。既に避けた部位に放たれた強撃は

周囲の装甲を破壊しつつ斬り進み、胴の上部を両断しつつ下方へと抜けた。


サイアスは勢いに逆らわず身体を左方へと回転させ、

痺れる腕をものともせず、裏刃を以て大口手足の右前肢付け根を

掬い上げるようにして斬り裂き、旋の裏をきめてのけた。

一連の動作で左方へと向き直ったサイアスは、自身の側へと戻ってきた

八束の剣のリカッソを左手で掴み、落ちてきた松明を右手で掴んで

デネブの後を追った。


両の前肢を失い左半身をしたたかに斬り込まれた大口手足は

そのままぐしゃりと倒れ込み、そこに皮袋が飛んできて、

接触と同時に燃え盛る矢が皮袋を貫いて背に突き立ち、

脂ぎった毛並の上部を焼き始めた。

索敵を終えたラーズが油脂の詰まった皮袋をそのまま放り投げ、

さらに百人隊の矢に松明の火を脂ごと擦り付け、

燃やしながら放ったのだった。


「大将! 羽牙、増援ともに無しだ! 支援にまわるぜ!」


ラーズはそう叫ぶと鏨矢を放ち、大口手足の残った右目を潰した。


「判った、頼む!」


サイアスはデネブの影に入って進みつつ、背後のラーズに声を掛けた。

そして松明を八束の剣ともども左手に掴み、背後の大口手足に向かって

小さな容器を放り投げた。中身は木屑と油であり、

大口手足はさらにメラメラと燃え上がった。


残りの後肢でもがきつつ、裏返って地に背中をなすりつけて

火を消そうとした大口手足だったが、露わになった無防備な口周りを

通りすがりのセメレーにぶった斬られ、暫くして動かなくなった。

これによりサイアス隊は左翼にデネブ、そのやや右後方にサイアス。

右翼中央よりにセメレー、その後方にラーズといった

当初とは逆さの二等辺三角形の陣形に移行した。


残る2体の大口手足は、

中央の一体が予期できぬほど見事に処理されたことに驚愕しつつも、

迂闊な飛び出しの愚を悟って踏み込まず、時折不気味に吠えながら

動かなくなった一体の後方で次の仕掛けを模索しているようだった。

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