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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十四日目 その三十七

「ラーズ。まずは羽牙を警戒したい。後方を中心に索敵を」


サイアスはラーズにそう声を掛けた。


「任せてくれ。奇襲は絶対にさせねぇよ」


ラーズはそう言って東へ向きなおり、周囲の索敵を開始した。


「セメレー、まずは『大口手足』を始末する。あれについて

 何か追加情報があったら是非とも教示願いたい」


サイアスはセメレーにそう問うた。


「うむ、それなのだがな。

 アレは城砦の西部を縄張りとしているため、

 今回の出没は剣聖閣下が予見しておられたことなのだ。

 そしてさらに、我ら第二戦隊において、アレの処理に最も

 長けているのはこのセメレーだ。だから派遣されてきたわけだ。

 もっとも流石に複数同時は辛い。一対一となる状況を作ってくれ。

 さすれば逐次仕留めてみせよう」


「それは頼もしい。ではこちらで囮をやる。

 一体ずつ引き抜いて対処願いたい」


サイアスはそう言って頷くと、


「デネブ、私が囮をやる。囲まれないよう補助してくれ」


と告げ、早速歩み出そうとしたが、デネブに肩を掴まれ止められた。


(囮は私が。あれは恐らく蜘蛛に似た特異な動きをするでしょう。

 槍で間合いを保つべきです。貴方は補助しつつ皆に指示を)


デネブは古代語で手早くそう書き記し、サイアスに示した。


「クモ…… 蜘蛛? ふむ。

 判った。補助にまわる。火攻めの準備もしておくよ」


サイアスはデネブに頷くとホプロンを背中に戻し、八束の剣を地に

突き立てて、腰のポーチや皮袋から容器や布、粉末状の何かを

取り出し、手早く細工し始めた。サイアスはこれまでの戦闘で

眷属には火を用いた攻撃が少なからず有効であることを学んでいた。

そのため発火・着火用の薬品を少量持参していたのだった。


程なくして細工を終えたサイアスは、

左手で八束の剣のリカッソを、右手で松明を掴み、

デネブのやや後方に付いた。デネブはそれを見て頷くと、

じりじりとにじり寄る大口手足3体へと歩み出した。



「サイアス君たちは大口手足をやるようだ。

 こちらの相手も決まったね」


ブークはそう言ってランドを見た。


「はい、閣下。各部異常ありません」


ランドは自ら組み上げた投擲兵器の出来栄えを調べていた。


「それにしても、君がマンゴネルの構造を知っていた

 のには正直驚かされたよ。組みたても実に手際が良かった」


ブークはそう言って目を細めた。


「閣下の下さった指示書のお蔭です。

 マンゴネルは書物で知識だけ。実物は、しかもこんなに

 小型で精密で、しかも台車を組み替える方式のものは初めてです」


「ははは、ここは荒野だからね。

 人智の境界は技術の最前線でもあるのさ」


ブークはそう言ってランドの組み上げた投擲兵器「マンゴネル」

を見やった。先刻までこれは、やや枠組みのゴツい

手押し形式の台車でしかなかったのだ。



ランドが実行したことは、まずは荷台の荷をおろし、

手持ち部位の底と荷台前方にある留め金を外すことだった。

ランドは次に留め金を外した荷台を横倒しにし、荷台前方部分を捲り上げ、

180度反対側まで回転させてさらに横倒しにし、元の天地を逆にした。

これにより台車は中央に手持ち部分の生えた長方形へと形状を変えた。


その後ランドは裏返しとなって露わになった車輪と車軸を中心として、

様々な部品を取り付けていった。かつて前輪であった車軸には

巻き上げ機とクランク、レバーが取り付けられた。

一方かつては後輪側だった車輪の車軸部分には幾条もの縄が

捩じられつつ巻き付けられており、その中央部分には

巨大な木匙のような腕部が差し込まれ固定された。


かつて持ち手であった横木には布と革を幾重にも重ねた緩衝材が

取り付けられ、さらに木匙に似た腕部には横木の両側から補助の、

前輪側の巻き上げ機からは牽引用の丈夫な縄が取り付けられ、

一通り組みあがったところで各部に補強用の金具や簡易の計測具が

設置され、一通りの組み換え作業が終えられたのだった。



「狙い通りに飛ばすには流石に熟練が必要だが、

 今回は敵陣に届けばそれでいい。後は私に任せてくれたまえ」


「ハッ!」


ランドはブークに敬礼して答えた。


「君、こう言ったからくりが好きなのかい?」


「え? あ、はい! 私は幼少時身体が弱かったもので、

 いつも部屋で書を読み、絵を描いて過ごしておりました。

 特に家や乗り物の絵が好きで、見たり書いたりしてるうちに、

 どうしても仕組みが気になってしまって」


「はは、そうか。気持ちは判るとも。

 ……そうだな。この戦闘に勝利して城砦に戻ったら、

 君にはこれを含むいくらかの兵器の設計図を差し上げよう」


「ほ、ほんとですか!?」


ランドは声を裏返らせ、ブークは楽しげに笑ってみせた。

形状や原理は公然の秘密であっても、この手の兵器の詳細な仕様は

大抵の場合軍事機密に属しており、実用域のものは大規模な常備軍でも

なければ保有し得ず、兵士見習いへの報酬としては破格といえた。

もっともこれでランドが竦まず初陣に臨めるのであれば、

図面程度は安いものだとブークは考えていた。


「勿論だとも。さぁ、まずは勝利をもぎ取らないとね。

 早速撃って貰おうか。戦闘再開の嚆矢としよう」

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