サイアスの千日物語 三十四日目 その三十一
4つの人影はトリクティア百人隊とはまるで異なる軍装をしていた。
先頭の1名は銀月の雫をそのまま身に纏ったが如き鈍色と灰色でできた、
甲冑と見まがうほどに整った複合鎧を身に着けていた。
百人隊から見て、先頭の1名の右後方には
大きな長い角を持つ群青の甲冑姿が、左後方には夜目にも眩い
ピンクの板金鎧に純白のマントをはためかせた長髪長身の女兵士がいた。
これら三名の後方には、木製の矢盾をかついだ暗緑色のケープの男がいた。
百人隊一個小隊の外装を持つ人の群れは、その実、
夜討ち朝駆けだまし討ちを常とする、泣く子も黙る
グウィディオンの私掠兵団であり、詭計の類は十八番であった。
これ見よがしに登場した、たった4名の人影に対し、
まず彼らが思い抱いたのは囮という言葉。
表面として見えている4名以外にも
実は大勢が伏せているのではないかという錯覚だった。
そのため歩兵の群れは迂闊に動くのをよしとせず、
4名がゆるりと近づくのを甘受するしかない有様だった。
やがて歩数にして20という位置で4名は停止し、両翼の2名が左右に
ゆっくりと展開。互いに10歩近い距離を開けて兵たちの前に
立ちはだかった。後方の暗緑色の人影は、矢盾を地に立て
弓を取り出し、複数の矢を一度に手にした。
「協調性の欠片もない装備の小隊だな。一体どこのちんどん屋だ」
中央の銀月色の鎧姿に対して私掠兵団の一人がそう言うと、
全くだ、違ぇねぇと、他の兵士たちが露骨に下卑た笑いを発した。
挑発の意図を含んでいることは明白であり、
銀月色の鎧姿・サイアスはこれを平然と無視した。
「おぃ手前! 無視してんじゃねぇぞ。さっさと名乗れや」
別の兵士が栄誉ある百人隊の装いには到底似つかわしくない口調を以て
さらに煽りを入れてきたが、サイアスはこれもまたさらりと無視し、
眼前の兵集団を見渡していた。彼らの全てはほぼ鎖帷子のみを防具とし、
首も手首も全てむき出しになっていた。40を超える人数に対しては
何の感慨も恐怖も示すことなく、ただ悠然と前方を見やるサイアスが
唯一抱いた感想は、「斬り易そうだ」という、ただそれだけだった。
「トリクティア機動大隊百人隊ヴォイディング小隊に
こうも無礼で許されるはずもねぇ。所属なり何なり名乗らんようじゃ、
手前ら不審者として処理しちまうぜ」
最初に口を開いた男がそう言った。他の者らと比して
やや知的な物言いをしてはいるが、立ち居振る舞いは他と変わらぬ
野盗狗盗のそれだった。
「……居ないわ。この中には居ない」
その時サイアスの耳元で呟きが起きた。サイアスはその声に小さく頷くと、
自身の右後方を振り返り涼やかな声を発した。
「セメレー。口上を。この者たちは殲滅する」
サイアスはそう言って八束の剣を鞘走らせ、鞘は背中に回して固定した。
「うむ! 任されい!」
セメレーはそう言って頷いた。
「はぁ!? 殲滅だと! 調子に乗ってんじゃねぇぞクソが!」
「ちょいと待ちな。こいつの声、聞き覚えがあるぜ…… 確かサイアスだ」
「ッ! 城砦の上層部に勘付かれたってことか? どうする……」
「馬の手配は済んでる。ここさえ切り抜けりゃどうとでもなるぜ。
何、相手は4、こっちは44だ。どうこうできるような数じゃねぇだろ」
正体を見抜かれたと悟った私掠兵団はもはや上辺を取り繕おうとはせず、
相応の言動で状況分析をしていた。そこに大きく息を吸い込んだ
セメレーの、凛々しく美々しい声が響いた。
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!
我が名はセメレー! 第二戦隊城砦兵士長セメレー!
城砦騎士アクタイオンの子セメレーである!」
セメレーはマントをなびかせ大手を振って名乗りをあげた。
サイアスはその様をちらりと見やり、口上が長くなりそうだと判断した。
そしてその終了を待たずして、私掠兵の群れへと
実に気軽にスタスタと歩み寄り始めた。
「我らは不逞補充兵に扮するグウィディオン一派、及びそれを
手助けする駐留騎士団の裏切り者を成敗すべく派遣された特務隊!
魔を滅し、平原を護る降魔の剣からさらに選りすぐられた正義の剣!
人呼んでサイアス特務隊である!」
惚れ惚れする程よく響くセメレーの声に顔をしかめていた私掠兵団は、
ふと、サイアスがまるで何事もないかのように歩み寄っているのに気付き、
慌てて手にした武器を構えた。そして
「手前! 近寄るんじゃねぇ! それ以上寄るとぶっ殺すぞ!」
などと喚いたが、サイアスとしては相手の意向に関係なく
端から皆殺しにする気でいたため、そのまま躊躇わず進んでいった。
「百人隊気取りの野盗の群れよ! 貴様らの悪行の数々、
既に万人の知るところとなっておる!」
セメレーの口上を背景にして、
無言のまま目と鼻の先にまで迫ったサイアスに、
私掠兵が声を荒げた。
「手前この野郎ッ! 止まれ! 何とかいいやが」
ヒュパァアンッ!
耳を劈く衝撃音がして、私掠兵の首が飛んだ。
サイアスは自然な歩みに合わせ、右足で踏込みざまに
八束の剣で剣聖剣技「旋」を放ち、腕の戻りに合わせて
左右に飛び交い、流れるままにさらに二度、「旋」を放った。
空を切り裂き爆ぜるような音を残して二つの首が宙を舞い、
残された三つの胴体が崩れ落ちた。
「ッッ!? ッの野郎ォッ!!」
私掠兵団は余りに自然な挙措の強襲に碌な反応もできず、
崩れる死体の音でようやく我に返り、武器を握りなおしてサイアスへと
向き直ったが、その頃にはサイアスはさらに二つの首を飛ばし、
その上首なしの胴体を兵の群れへと蹴り飛ばして血しぶきを浴びさせ、
たまらず兵たちが怯んだその隙にさっさと下がって距離を取った。
私掠兵たちは激昂し絶叫し口々に殺意と敵意を形にしたが、
サイアスはまるで意に介さずただ静かに八束の剣を月にかざし、
その冴えわたる切れ味に感嘆しつつ、次なる一手を模索していた。




