表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
183/1317

サイアスの千日物語 三十四日目 その三十

夜は闇の世界ではなかった。

昼が唯一絶対の専制君主の如き太陽に庇護された

厳かな暖かさに満ちた黄金色の世界であるならば、

夜は無数の星々の輝きを諸星の王たる月が率いる

怜悧な慈しみに満ちた白銀色の世界であった。

遮るものなき無辺の荒野を星々と銀月が煌々と照らし出し、

夜明けの薄明かりや夕暮れの薄闇とは比較にならない眩さで

昼とは違う、もう一つの世界を造りだしていた。


夜の世界の白銀色に敢然と抗うかのごとく

黒々と聳える城壁に宿る無数の篝火が赤々と天を焦がす中、

中央城砦の南門が派手な音を立てて開き、

30名程の人の群れが夜の荒野へと新発した。


それは一色に塗り込められた軍集団ではなく、

罪人とそれを率いる兵士の群れであった。

両手を縛られ一列に繋がれた20人程の者たちを、

前後に分かれた10名の兵士が槍と松明を持ち移送していた。

暫し南進した人の群れはやがて西へと進路を変え、

変化に乏しい荒野の大地をただ黙々と進んでいった。


やがて城砦の篝火が北東に遠ざかり、

眷属たちの遠吠えが夜気を裂くように響きだした頃、

先頭の兵士が罪人を繋ぐ縄の先端を地に突き立った鉄柱に繋いだ。

鉄柱は方位確認のために打ち込まれ、往路から遠いため放置されていた

道標の一つだった。鉄柱の表面には黒々とした粘性の高い液体が塗布されて

おり、全長の半分以上を地中に埋められ、地中部分には返しも付いていた。

また、この鉄柱の周囲には無数の皮革や金属の残滓が散らばっていた。

それらはかつて、やはり同様の罪を得て運ばれてきた

不逞補充兵たちの着衣の一部であったのだろう。



「平原の理も城砦の理も、お前たちを受け入れはせぬ。

 荒野で自らの在り様を問うがよい。天命あらば生きることもあろう」


移送部隊の兵士の長はそう言って鉄柱の傍に数本の火が灯った

松明を残し、号令を発して城砦へと引き上げていった。

松明の火を用いれば、時間はかかるが縄を焼き切り、

罪人は自由を取り戻すことができるだろう。

もっともその頃には兵士たちは城砦へと帰還し終え、

城門も閉じられているだろう。

周囲で息を凝らし獲物を見定める眷属たちも、

折角の撒き餌を無駄にはすまい。碌な武器も防具も水も食糧も持たぬ

罪人の群れがその後どうなるかは、火を見るより明らかというものだった。



兵士たちが西へと去って暫くの後。北方から先ほどとは別の

兵士の一群が音も無く忍び寄っていた。忍び歩きに近いその歩法は

兵士のものとは言い難かったが、見た目は20名程の歴とした兵士だった。

兵士たちの大半は上半身を鎖帷子ロリカハマタで覆い、他の防具は

身につけておらず、左の腰に剣を、右の腰には剣や斧、棍といった

片手武器を帯びていた。10名程は手槍や弓をも所持していた。

大盾こそ持たぬものの、典型的なトリクティア歩兵の軍装と言えた。


「へっ。来たかよ。さっさと楽にしてくれや」


罪人の一人がそう言って手を出した。


「随分遠くまで運ばれたもんだな。俺らのときは川べりだったが」


そう言って歩兵の一人が剣を抜き、罪人の手を縛る縄を斬った。


歩兵たちはそれぞれ罪人たちに近寄ると、

左腰の剣を抜いて縄を斬り、各々持参した包みを手渡した。

包みの中身は鎖帷子ロリカハマタであり、罪人たちは手早くそれを着込んで

ベルトを締め、歩兵が右腰から外した武器を受け取って自らの武装とした。

こうして20名前後の罪人たちは歩兵へとその姿を変え、

およそ40名からなるトリクティア機動大隊百人隊の

一個小隊が出来上がった。


「イケ好かねぇ恰好だぜ。頭に貰ったヤツのが上モンだったな」


罪人だった一人が鎖帷子の袖を摘まみつつそう言った。

袖丈は肘までであり、小手や肩当てもなく

防御性能は最低限といった体だった。


「ま、官給品なんざこんなもんだろ。

 ……それよりさっさとずらかるぞ。

 バケモンの吠え声が気味悪いったらねぇよ」


皿に置かれた肉料理を堪能すべく

じわりじわりと気配を寄せていた眷属たちは、

倍加した人数と武装に警戒感を抱き、今は様子見をしているようだった。


「だな。とっとと戻って馬を…… 

 ん? なんだ……」


罪人だった歩兵が北東を見やり、他の歩兵たちもそれに倣った。

北東の空では巨大な銀月が大地を見下ろし、静かにそして着実に歩み寄る

4つの人影を照らし出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ