サイアスの千日物語 三十四日目 その二十五
倉庫から戻ったサイアスと兵士たちが装備や剣技について
雑談をしていると、デレクがむくりと起き上がった。
「お、デレクが復活した」
「大丈夫ですか?」
「だいじょうぶだ…… おれは しょうきに もどった!」
「ウゴ! なんじゃそら!」
「あー、こりゃ裏切るね確実に……」
「裏切りと言えば…… サイアスよ、剣聖剣技には表と裏があるぞー」
「ほほー」
「ヒントは剣そのものだ。わっかるかなー?」
「あぁ、うん判った裏刃だ」
「……つまらーん……」
「でも裏刃だと途端に難度が跳ね上がる気が」
「そうだなー。普通の剣技も表刃から順に学ぶし、やっぱ難しい
だろうなー。ちなみに剣聖剣技は『旋』『断』『砕』があるぞー。
どれも表と裏がある。その先は奥義なんだそうなー」
「おー」
「前に教えた『ものには目がある』ってのは『断』の基本理念だなー。
『旋』『断』『砕』は順不同だが、三つとも極めたらもしかすると
奥義を教えてもらえるかもしれんぞ。まぁ頑張ってみー」
「わかったーありがとー」
「……お前そのマネ結構気に入ってるだろ?」
「……バレました?」
「おぅバレバレ」
しばしサイアスはデレクや兵士たちと笑いあった。
共に死線を潜り抜けた影響が大きいのか
村に居た頃や城砦に来てすぐの頃からは考えられない程、
サイアスは人当りがよくなっていた。
居室の書斎兼寝室に戻ったサイアスは、新たに得た小具足と
補充された第四戦隊仕様のコートオブプレートやサレットを合わせ、
全体の調子を確かめていた。
第四戦隊のサレットは、皮革の帽体に山折りにした金属板を
正面を一番上として後頭部へ向かって何枚も重ね、
両側面、丁度耳の上あたりで止めた独特の形状をしており、
丸く大きな留め金からは斜め下前方へ向かって側面と頬を護る板が
垂れており、さらにサイアスのものには斜め上後方へ向かって
カエリア王立騎士団のサレットと同じ木の枝の飾りが伸びていた。
このサレットは最大の特徴として、非着用時には円形の留め金を中心に
重ねの金属板や頬板、そして枝飾りをクシャリと小さくまとめ、
帽体とほぼ同サイズにして携行性を高め、場合によっては小物入れや
バックラーにもなり得るという機能を有していた。
コートオブプレートは胴体部分の装甲が顕著に強化されており、
肩や肘といった関節部にはラメラーで補強が施されていた。
また騎乗戦闘を考慮していないため腰部全般の装甲が省略され、
厚手の布地のみとなっていた。総じて上半身を重点的に守る
ブレストプレートに近いスタイルといえた。
サイアスは小具足を含む防具一式を装備しベルトに繚星の鞘を取り付け、
ほぼ抜刀したままとなるであろう八束の剣の鞘は背中に掛けられるよう
ベルトを付けた上で手に持った。そして小振りのホプロンを背中に掛け、
さらに槍を手にしようとしたが、どうにも動きが厳しいため諦めた。
小具足を用いる場合、膂力的にこの辺りが限界の様だった。数値で言えば、
コートオブプレート6、サレット1、ホプロン1、剣2振りで2。
サイアスの膂力は13なため、小具足は3点で3の重みということになる。
部分鎧は大きさの割には重いようだ。調子に乗ってあれこれゴテゴテと
組み付けたなら、きっと重すぎて手に余る代物が出来上がるのだろう。
兵士たちが趣味で組んでいたという鎧を想像し、
サイアスはクスリと笑みを浮かべた。
「重そうね……」
すぐ足元から声がして、横合いからニュッとニティヤが現れた。
デネブは応接室で槍と甲冑の手入れをしていた。
「装備が必要なら準備するけれど、
君は武器は何を?」
サイアスは着込んだ装備を再度外しつつニティヤに問うた。
「別に何でも使うわよ?」
ニティヤはそっけなく返答した。
瞳はサイアスの装備をじっと追っている。
「得意な武器は?」
「特にないわ」
ニティヤはなおもそっけない。
「じゃあ実戦で一番使うのは?」
「特にないわ」
「……ふむ?」
「何?」
「……実戦で使ったことのある武器は?」
「特にないわ」
「むむ……」
サイアスはやや怪訝な顔をして、ニティヤに問うた。
「もしや…… 実戦経験が、ない?」
「そうね、ないわ」
ニティヤはあっさりそう答えた。
「えー……」
「……どうしたの?」
「暗殺者だよね」
「そうね」
「でも実戦経験がない」
「えぇ」
「じゃあ、暗殺したことが、ない……?」
「えぇ。特にないわ」
サイアスは頭を抱えた。
「訳がわからないよ……」
サイアスの困り切った様子を見て、
ニティヤはクスクスと楽しげに笑っていた。




