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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十四日目 その十八

「まったく、今年ぁ厄介事が続くぜ。

 一体全体どうなっちまったんだよ」


村人たちは口調程には焦りを見せず、

汗ばんだ顔を拭いながらそう言った。


「こないだの賊でも残ってやがったか?」


「いやそれはねぇだろ。

 アルミナがきっちり皆殺しにしちまったからな……」


村人の一人がどこか同情するような口調でそう言った。


「あー。ありゃアルミナを怒らせる馬鹿が悪いぜ。

 山ごと火ぃ付けて丸焼きにしたんだってな……」


サイアスの出立から暫く経った頃、各地を潜伏してアウクシリウムを

目指すグウィディオンが切り捨てた私掠兵団の末端が山賊となり、

徒党を組んでラインドルフの門前まで押し寄せたことがあった。

当時にしては稀有な旅好きであり、平原と荒野の全てを見聞した経歴を

持つグラドゥスは、諸侯や領主から見識を買われて招かれることが多く、

その日もフェルモリア国境沿いの領主の賓客となって村を留守にしていた。

そのため使用人たちの教育係となって一線を退いていた

家宰のアルミナが対応に出たのだが、


「すっこんでろ若作りババァ」


との暴言を受け、「可愛い坊ちゃま」を城砦に取られて

不機嫌の極みにあったアルミナはものの見事にキレてしまい、

群がる賊徒を鉈と包丁で細切れに精肉し、一名のみ手負いで逃がして

山中のアジトを突き止め、山ごと焼いて殲滅せしめ、

鬱憤を晴らして制裁を終えたのだった。



「はて、んじゃトリクティアの州軍でも攻めてきたか?

 あいつら狂ったように土地を求めてやがるからな。

 どうせ農兵だろうし、ぶっ飛ばして野良仕事でもやらせるか。

 ぼちぼち忙しくなるんだろ」


グラドゥスは頭をポリポリと掻いて投げやりにそう言った。


「あぁ、そいつは助かるな……

 何せあんたの手も借りたいって位だからなぁ」


「んだよ俺ぁネコか? 失礼なヤツらだぜ。なぁトラキチよ」


グラドゥスは苦笑しつつ、もたれている猛獣に話しかけた。

猛獣はあくびをしつつ尻尾を振って応えた。


「でもよぉ、そいつら兵隊にしちゃ、ちぃと妙なんだよな。

 女子供や年寄も混じってる。ただ、どいつもこいつもやけに

 武器が手に馴染んでやがるぜ」


「どこぞの傭兵崩れかね」


「かもなぁ。あぁそれと、先頭の一騎がよ。

 こないだ見掛けたような気がするんだが、誰だったかなあ」


「ふむ? ……もしやあれか。

 真っ黒な馬に真っ黒な鎧でやたらヒゲの目立つ」


グラドゥスは寝そべったまま、

猛獣の脇腹を頭でグリグリしながらそう言った。

猛獣は報復とばかりに尻尾でグラドゥスの顔を叩いた。


「ぺっぺっ。口に入った」


「遊んでんなよ…… いいからちっと見てきてくれよ。

 バラバラ死体の後片付けはもう懲り懲りだ。

 できるだけ穏便に頼むぜ?」


「へいへい。んじゃ行くかトラキチ」


グラドゥスはようやく起き上がり、

人の倍ほどもある猛獣と共に村の門へと向かった。



グラドゥスが村の門を出ると、黒ずくめの騎士を先頭に

4列縦隊の人の群れが門前で整列して待機していた。

黒衣の騎士は城砦騎士団第四戦隊副長・城砦騎士ベオルクその人であり、

後方の人の群れは城砦兵士ではなく民間人のようだった。

その数およそ40。大半は女子供だが、皆手に古びた武器を持っていた。

グラドゥスは門の裏手で射撃準備をしている村人たちに

手を休めるよう声をかけた。



「よぅベオルク。久しぶり、って程でもねぇか。

 どうした、そんな団体さんで。うちにゃ旅館の類はねぇぜ」


「副長。お元気そうで何よりです。

 騎士団長の供でアウクシリウムまで参りましてな。

 折角ですので諸処ご報告にあがりましたよ」



現役時代、グラドゥスは第二戦隊の副長として、

戦隊長に就任したばかりのローディスを支える役割を担っていた。

同戦隊にはサイアスの父であるライナスの率いる小隊があり、

ライナス小隊で副官をしていたのが当時兵士長のベオルクだった。



「報告? サイアス戦死の訃報だとかぬかしたら、

 流石の俺ちゃんもキレちまうぜ……?」


グラドゥスはややドスの効いた声でそう言った。


「勘弁してくだされ! あれがそんなタマですか。

 よく御存知でしょうに、あまり私をいじめんでくだされ」


ベオルクは慌てて否定し、肩を竦めた。


「フン、じゃあなんだってんだよ。

 ……ってかこいつらは一体何なんだ? 傭兵崩れか何かかね」


グラドゥスはベオルクの後方で必死に姿勢を正す、

くたびれた人の群れを見やった。女子供に年寄が大半であり、

手にした武器は馴染んではいるが、彼ら自身と同様かなり傷んでいた。


「そうですな…… では先にこちらからにしますか。

 彼らはサイアスの部下の縁者なのです。

 先頃トリクティア東方の町ロンデミオンが陥落したのは

 御存知かと思いますが、そこの傭兵団の長の娘が、

 サイアスの配下となったのですよ。

 

 彼らは落ち延びた傭兵団の残党のうち、行く先が定まらず

 アウクシリウムまで流れてきた者たちでしてな……

 丁度行き会ったものですから、折角なのでラインドルフへ

 入植者として案内して参りました」


「ほー…… そらぁ難儀だったなあんたら。しかし、だ。

 先々を見据えりゃ人手が増えるのは確かに有難てぇんだが、

 食い扶持は増えるわ提供義務も増えるわじゃ、痛し痒しって話だぜ。

 そこらについては何か腹案でもあんのかい」


「勿論ですとも。副長に鍛えられた我が悪知恵、

 見くびらんでいただきたいですな……」


ベオルクはそう言ってニヤリと笑い、

グラドゥスはその言動を受け楽しげに笑った。


「ほほぅ、なかなか言うようになったじゃねぇか。

 ま、いずれにしても放り出す気はねぇよ。

 お前さんたち、まずは好きなだけ食って寝て休むがいいぜ。

 そうだな、取りあえずは集会所で寝泊まりして貰うか……

 おい! 開門だ! 身内が増えたぞ! もてなしてやれ!」

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