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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 二十六日目 その七

できそこないの襲撃を凌ぎつつ、

東から西へと往路を疾駆する輸送部隊。


その前方、ようやく隘路全体の終盤とみられる辺りに

北側の湿原がせり出していた。毒沼と潅木が顔を覗かせ、

薄汚れた倒木が持たれかかり、往路の安寧を妨げていた。

ご丁寧に南側の岩壁までもが北へと攻め寄せ、

出口に向かって挟み込むように待ち構えた。

まるで洞窟の天井を切り取ったような

そんな様相を呈していた。


手練の操る馬車がかろうじて並んで通れるかどうか。

よしんば通れたとしても、横合いからの一突きで

確実かつ容易に大惨事に至る。

そういう難所が近づいていたのだ。


サイアスは、できそこないの群れが待っていたのは

十中八九これだと感じた。赤子の鳴き声の合唱が

一際耳障りに響きだしたのも、それを裏付けているようだった。


悪意ある創意に満ちた往路の難所がもはや目前となった時、

ついにできそこないの群れは大きく動いた。

後方からの圧迫を放棄し、12体全てが馬車側面へ向かってきたのだ。



ヴァディスはそれを見やりつつ、絶望的な指示を出した。


「馬足落とせ!」


死ねと命ずるがごときその指示に、

馬車の操手は一片の躊躇なく従った。


できそこないの群れははまさに好機と見て全力を振り絞り、

一気に加速して側面へ迫った。人に酷似した顔は殺意に溢れ、

赤子の声を発しながら、おぞましい形相で馬車をねめつけた。

目を血走らせ、口元を歪め、吠えるもの、嗤うものもいた。



できそこないの群れが完全に馬車の側面を取り、同時に

体を限界までたわめ、一斉に渾身の体当たりを食らわせようとした、



その、刹那。



「今だ! 陣形戻せ!!」


ヴァディスの叫びが隘路に響き、

操手は一瞬の逡巡なく指示を実行した。


右の荷馬車は待ち詫びたかのように勢い良く弾け出し、左方へ逃げる。

それを中央の馬車が追い、二台は瞬時に左の馬車の前につけた。

芸術的な巧みさを以って三台の馬車は縦列となり、

岩壁すれすれを疾駆した。


隘路中央には体当たりを空振りしたできそこないの群れ。

野生と魔性の成せる業か、転倒し体勢を崩すものこそいなかった。

しかしながらその表情は一様に驚愕と絶望に包まれ、

口々に悲鳴をあげていた。



できそこないたちのすぐ前方、ほんの目と鼻の先には、

猛速度で突っ込んでくる騎馬隊の姿があったのだ。



一瞬の出来事だった。サイアスは息を呑み、目をみはった。



できそこないの群れは一匹残らず千切れ、撥ねられ、消し飛んでいった。



狭い隘路で馬車を横並びに走らせていたのは、

側面積を減らし、後方に備えるためだけではなかった。

できそこないたちの視界から、騎馬隊の戻りを

隠すためでもあったのだ。


ラグナ率いる騎馬隊は全速の突撃によって

できそこないの群れを完膚なきまでに粉砕し、

馬足を落として反転、馬車の方へと戻ってきた。


赤子の泣き声に似た耳障りな合唱は消え去り、

隘路には騎士たちの歓喜の声が響いていた。

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