表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
169/1317

サイアスの千日物語 三十四日目 その十六

「お待たせ」


居室の書斎兼寝室に戻ってきたサイアスは、

厨房から持ち帰った大きな盆に、冷蔵箱から取り出した

果実酒割りと冷菓を追加し、大きな机の上に置いた。


「食べ難いようなら隣室で待っているけれど」


サイアスはガンビスンの首周りを緩め、果実酒割りを杯に

移しつつそう言った。


「気にしなくていいわ…… 貴方相手に隠れる必要もないし」


かすかに扉のきしむ音がして、一人の少女が姿を現した。

年のころは14か15といったところ。ベリルよりは上だと

判る程度の、まだほんの少女であった。マナサと同様の墨色の衣を

纏い、わずかに覗く手足は乳白色。瞳は紫がかった黒であり、

髪は夜空の如き光沢を湛えた黒だった。


「人の視線には慣れてないのよ。あんまり見ないでね」


「はいはい」


サイアスはそっけなく返事をして盆の料理を取り分け、

ニティヤの分を盆に残して自身は寝台へ向かった。


「……全く見ようともしないのも気に食わないわ……」


「はいはい」


サイアスは苦笑しつつニティヤを見やり、頷いた。


「出来立てだよ。冷める前にいただこう」



サイアスとニティヤは厨房長特製の郷土料理を堪能した。

ニティヤは急ぎ過ぎないように気を付けながら黙々と食事をし、

サイアスも元々食事中は食事に専念する性分なので黙々と食事した。


ややあって食事を終え、冷菓をかじりつつ、

茶や果実酒割りでまったりしはじめた。


「御馳走様。美味しかったわ、とても……」


声を震わせつつ何とかそう言い切ると、ニティヤは静かに

泣き始めた。城砦入りして5日目だ。保存食を持参していたとしても、

そうそう凌げるものでもないだろう。年頃の、特に感受性の強そうな

娘としては相当堪えていたに違いなかった。


サイアスは黙ってその様を見つめ、小さく微笑むと背筋を伸ばし、

すぅ、と息を吸って歌い始めた。春の木漏れ日を浴びながら、

楽しげに唄う小鳥の歌。夕日とともに去りゆく渡り鳥の歌。

星空の銀色を浴びて舞う精霊たちの歌。やがて訪れる朝の光を

静かに待ち望む猫たちの歌。優しい旋律が室内に響き、

ニティヤの嗚咽を隠していた。


「……優しいのね。変な人だけど。

 女を泣かせ慣れているみたい」


しばらくして落ち着いたニティヤは、サイアスにそう言った。


「人聞きの悪いことを言われた気がする」


サイアスは肩を竦めてそう言った。


「私に仕えろって、本気なの?」


ニティヤは特徴的な紫に光る瞳でサイアスを見つめた。


「勿論だ。許可は取ってある」


「私は暗殺者よ。犯罪者の類だわ」


「承知している」


「暗殺者なんて配下にしたら、貴方の名声に傷が付くわよ」


「そんなものには興味がない」


「いつ裏切るかも、寝首を掻くかもわからないわよ」


「そうなったらその程度の器だということ」


「私は面倒臭い女よ。暗いしすぐ泣くし……」


「判っている」


「……お洒落じゃないし着飾る気もないわ」


「見れば判る」


「……とても残念な女なのよ?」


「そうだね。残念残念」


「……頭にきたわ……」


「ニティヤ。重要なのは」


サイアスはそう言ってニティヤを見つめた。


「君がどうしたいのか、だ。

 人はいずれ死ぬ。荒野ならそれこそあっという間に死ぬ。

 私も君も、残された時間にそう大差はないさ。

 それでも私も君も、自分の命より大切なものがあって

 荒野までやってきた。行く末がどんなに辛く困難に満ちていても、

 成すべきことのために覚悟一つでやってきた。違うかい?」


「そうね……」


ニティヤはサイアスの視線に動揺していたが、

やがて強い意志を滲ませて見つめ返した。


「成すべきことがあってここにきた。それは間違いないわ」


「成すべき何かのために、同じ場所で同じ方向を向いて進むなら、

 手を取り合って一緒に進んでも良いんじゃないのかい?

 それとも一人で生きて死なないと、誰かに咎められるというの?」


「誰も咎めたりしないわ。でも…… 

 でもね。私なんか…… 私なんかと一緒で、いいの?」


ニティヤは今にも涙が零れそうな瞳でサイアスを見つめていた。


「君と一緒に行きたいと言っている。さぁ、答えを聞かせて貰おう」


サイアスは瑠璃色の瞳でまっすぐニティヤを見据えた。

ニティヤはサイアスの瞳を見つめ、やがて静かに頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ