サイアスの千日物語 三十四日目 その十四
「両親を、二度……?」
サイアスはニティヤにそう問うた。
「えぇ、そうよ…… 話せば長くなるわ……」
ニティヤはかなりの時間をかけて、辛そうにそう答えた。
「じゃあ今度にしよう」
「……」
「……」
「……やり直しよ」
「……」
やり直すことになった。
「話せば長くなるわ……」
「……是非とも聞かせてもらいたい」
「仕方ないわね……」
「……」
「今私のこと、面倒くさい女だと思ったわね」
「特に何も。さぁ続きをどうぞ」
「……」
ニティヤは再度サイアスに促され、続きを話し始めた。
「……小さい頃、隠れん坊が得意だったわ。庭に古い井戸があって、
その井戸の中程に横穴があったの。私はいつもそこに隠れていて、
その日も見つからなくって妹が泣き出すまでじっとしていたわ」
「しばらくうとうとしていたら、妹の泣き声が聞こえてきたわ。
いつもと違う、泣き叫ぶ声が。父さんや母さん、使用人たちの
悲鳴も聞こえてきた。大きな物音と叫び声。その中に一際嫌な
気配があったのよ。ぞわぞわと怖気の走る嫌な気配と錆びついた声。
その声はグウィディオンと呼ばれていたわ」
「そのうち悲鳴は聞こえなくなった。走り回る足音と
何かを引きずる音、怒鳴り声、そういう音だけになった。
私は井戸の中の横穴で、ひたすら怯えて震えていたわ。
するとそこに大勢の気配が近づいてきたの。
一際嫌な気配も一緒だったわ。そして」
「嫌な気配の錆びついた声が、『放り込め』と言った。
今も目に焼き付いている。目の前を過って井戸を落ちていったのは、
父さんや母さん、妹や使用人たちの首だったのよ……」
暫し沈黙が訪れた。サイアスは身じろぎせずに扉を見つめ、
沈黙したニティヤからは気配の類が失せていた。
「私はそのまま気を失ってしまったらしいわ。
気が付けば暖かい光の中で、見知らぬ人が涙を流していた。
私が目を開けるとその人たちはとても喜んでいたわ。そして
私に言ったの。『あぁ、良かった、シェラザード』って」
「その人たちはね、宝石商をしていた父の取引相手だった商人の、
上客だった貴族の夫婦だったの。数年前に娘を亡くして、
すっかりやつれて参っていたのだと聞いたわ。商人が運んできた
衰弱しきった私のことを看病するうちに、私のことを亡くした娘
そのものだと思い込んでしまったそうよ。それから私は、
シェラザードとして育てられた。小さな町の屋敷の子シェーラは、
地方領主の娘シェラザードとして第二の人生を歩むことになったのよ」
「シェーラ、そしてシェラザード、か……」
サイアスはニティヤの過去を思い描き、厳かにその名を口にした。
「シェラザードとしての暮らしは、とても幸せなものだったわ。
貴族の夫婦はそれはもう、私のことを愛してくれた。いつしか
シェラザードと呼ばれることにも慣れてしまって、私は二人のことを
実の両親と同じように大切に想うようになっていたわ。
短いけれど、とても幸せな日々だった……」
「……」
「二年後、フェルモリアとの街道沿いにあったその町が、
夜盗の集団に襲われたの。攻め寄せてくる夜盗の中には、かつて
感じた一際嫌な気配もあったわ。街には少ないけれど衛兵が居て、
うちに報告しにきたのを聞いていたの。攻めてきたのはグウィディオン。
メロードのグウィディオンとその一派だって」
「夜盗どもは町を荒らし、殺してまわりながら、屋敷へと向かってきた。
その中に大きな馬に乗った、煌びやかな装束をまとった騎士がいた。
嫌な気配はそいつからしていたわ。そいつは錆びついた声で
周囲に怒鳴って命令し、町を壊させ、人を殺させていた。
一目でわかったわ。こいつが町を襲って両親を殺したヤツだ、
井戸に首を投げ込ませたヤツだ、って」
「二度目の両親はね、私のことだけは絶対に渡さない、殺させないと、
そう言ったわ。そして私を連れてきた商人やその仲間を呼んで私を預け、
自ら屋敷に火を放ったのよ。屋敷に今ある全ての財産を差しだすから、
この子を助けてやってくれ、そう商人たちに頼み込んだの。
商人たちはそれに応じ、運べるものをいくつか引き取った上で
私を連れて町から脱出したの。両親は最後まで私を見つめていたわ」
「その商人たちはね。表の仕事は宝物を扱う行商だけれど、
本業は闇社会の御用聞きだったのよ。商人たちは私に聞いたわ。
これからどうしたいか、と。私は二度両親や家族を殺された
仇を討ちたい、そう言った。命を捨ててでも仇を討ちたい、と。
商人たちはすぐに納得して、私を一人の女性に預けたわ。
その人はマナサの一族の長老だったの。そうして私は彼女の元で
修行を積んで、暗殺者『ニティヤ』になったのよ」




