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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十四日目 その十三

勢いよく走っていくロイエとベリルを

見送ったサイアスは居室の扉を閉じ、

デネブと向かいあった。


「隣の部屋にいる。暫く騒がしいかも

 知れないけれど、気にしないでね」


サイアスはデネブにそう言った。


(期待しています)


デネブは帳面にそう書いてみせた。

サイアスはにこりと微笑むと、

書斎兼寝室の扉を開け中へと進んだ。



書斎兼寝室には当然ながら誰もいなかった。

閉じられた窓からは陽光が差し込み、大きな

書き物机の天板を照らしあげていた。


「……」


サイアスはガンビスンの留め金を外して

首周りを楽にし、ぼふり、と寝台に腰掛けた。

八束の剣は装備棚にあり、繚星は一段高くした

枕元に安置してある。一言でいえばサイアスは

自室で無防備な状態となったのだった。


自室で丸腰というのは一見当たり前の行為だが、

そばに暗殺者が潜んでいるのだと思えば

途端に命がけのものとなる。


サイアスはニティヤの説得に先立って自らに

敵意がないことを再度明示してみせたのであった。


サイアスは寝台の右手正面の扉とその奥に続く

歩いて入れる大きさの物置を見つめつつ

静かに語り出した。


「ニティヤ。私の声が聞こえているだろうか。

 あぁ、名前についてはマナサ様から

 聞いていたんだ。君が何らかの目的を持って

 志願兵として入砦する、とね。


 私はサイアス。サイアス・ラインドルフ。

 知っていたかも知れないけれど。

『誓いの歌姫』だとか妙なあだ名で

 呼ばれているよ。まぁ、それは良いとして。


 さっき隣室で話していた内容は聞こえていただろうか。

 城砦はグウィディオンと私掠兵団を敵と認定した。

 そして今、これを殲滅すべく準備を進めているところさ。

 グウィディオンとの接触と対決は、夜になって

 不逞補充兵を城外へ放逐した後になると想定されている。


 ニティヤ。もし君の狙いがグウィディオンであるなら、

 この件に関する限りは共に闘うことができると思う。

 望むなら止めは君に任せよう。一緒に戦ってくれないか」


ややあって、声がした。声はサイアスの背後からだった。


「……どうして狙いがあいつだと思ったの」


サイアスは振り返ることなく、前方の扉を見つめたまま答えた。


「消去法と勘。君が城砦の人間に手を出さないことと、

 グウィディオンの人となり、かな。元々補充兵の数が常より

 50名多かったので調査していたんだ。こちらはその過程で

 グウィディオンと私掠兵団のことを知った」


「そう…… 私の狙いはあれ一人ではないわ。

 あれの仲間も全て始末する」


今度はサイアスの真横から声がした。

サイアスはやはり気にせず、前方を見据えたまま応じた。


「こちらも同じだ。グウィディオンに手を貸している

 機動大隊をも、可能なら殲滅すると言っていた」


「……容赦ないのね。共闘する必要ないんじゃない?」


「こちらはグウィディオンの顔を知らないんだ。

 討ち漏らす可能性がある。唯一面識のあった人物は、

 先手を打たれて負傷させられてしまった。だからこそ

 殲滅することに決まったのだけれどね」


「……私も顔を知っているわけではないわ。判るのは気配だけ。

 だから一か所に集めて気配がなくなるまで殺す」


今度はサイアスの頭上から声がした。どうやらニティヤには

音の発生源を動かす能力があるらしい、とサイアスは気付いた。

暗殺者にはうってつけの能力といえた。


「グウィディオンと私掠兵団で30名程、協力しているであろう

 機動大隊が総勢で100名前後。隊の一部のみが加勢するとしても、

 計50名は超えるだろう。君一人で始末できるのかい?」


「……無理ね。マナサなら平気でしょうけど。

 刺し違える覚悟はしているわ。だから貴方に形見を遺したの。

 迷惑だったかも知れないけど」


どうやらローディスの推測通り、サファイアは形見で間違いないようだ。


「それはない。石大好きだから。むしろもっと欲しい」


サイアスは即座に否定し、むしろ催促した。


「……変な人」


ニティヤはため息交じりにそう言った。

少し声が明るさを伴ったようにサイアスは感じていた。


「そう? 自覚はないけれど。

 ところで…… 死を覚悟してまでグウィディオンらを倒す、

 というのは、君にとってこれは、依頼された『仕事』ではない、

 そう見ていいのかな」


暗殺者は文字通り暗殺を「仕事としておこなう」存在だ。であれば

請負い達成し、報告して報酬を貰うまで成して初めて

「仕事をした」と言えるだろう。また、活計を立てる手段で

毎度生死の境を彷徨っていては非効率かつ不経済であり、

仕事としては採算が合わないだろう。

サイアスはそのような発想を抱き、

ニティヤの思惑の核心に触れる問いを発した。


「えぇ、そうよ…… これは仕事ではないわ。

 ただの復讐。両親を二度殺された私の、命を捨てても成し遂げたい、

 ただの復讐よ。私はそのために暗殺者になったの」

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