サイアスの千日物語 三十四日目 その十二
「では私も参謀部に戻り、必要な措置を講じて参ります」
ルジヌもそう言って立ち上がり、敬礼して退出した。
後にはブークとローディスが残された。
「『腕利きを用意させて貰う』か……
俺もお前も、あいつには甘いのかも知れんな」
ローディスはそう言って笑い、
ブーク夫人が再度煎れた茶を飲んだ。
「ライナス殿が亡くなって、まだ二月ほどです。
にも関わらずああも気丈に振る舞われては、ね……
泣き言の一つも言いたいでしょうに」
「そうだな。あれの思考は『城砦の子』に近いと言える。
ゆえに俺も弟か子かといった風に扱ってしまうわけだ。
まぁ得物が同じだ。剣聖を継がせてみるのもまた一興。
グラドゥスがどんな顔をするか、楽しみではある」
ローディスはニヤリと笑ってそう言った。
「サイアス君の伯父殿ですな。
閣下とは浅からぬ縁と聞いていますが」
「あぁ、腐れ縁だ。良からぬ事の大半はあいつから教わった。
まぁ、楽しかったのは否定せんがな……」
ローディスはそう言って昔を懐かしんでいた。
かつてグラドゥスはローディス、ライナスと共に第二戦隊に所属していた。
配下の兵士にはベオルクもおり、大抵つるんで行動していた。
「……お前、グウィディオンの居場所を
知っているのではないか?」
暫くしてローディスが口を開いた。
「……勿論把握していますよ。
もっとも、囲い込んでいるというだけですね。
やはり面識がありませんので」
「トリクティアはこの件、関知しているのか?」
「十中八九。
荒野に向かったところまでは、確実に関知しているでしょう。
単に厄介払いと考えているのか、他に意図があるかまでは
流石に測りかねますが。」
「フン、面倒くさい連中だな」
「そうですね。莫大な手間賃を請求してやりましょう」
「すぐに宴で荒れるからな。修繕費に増改築費も分捕ってやれ。
ついでに湿原地帯のくびれに橋でも架けさせるか。随分移送が楽になる」
「お任せください。毟れるだけ毟ってやりますとも」
ブークはニコリと微笑んでそう言った。その目は笑ってはいなかった。
「ククク、恐ろしいことだ……
では俺も一仕事するか。長居をした。奥方にも礼を。
またそのうちに邪魔をする」
ローディスは片手を上げ、振り返らずにブークの居室を後にした。
サイアスとデネブが第三戦隊の営舎を出て広場を北へと向かっていると、
前方からロイエとベリルがやってきた。サイアスが玻璃の珠時計を
確認すると、時刻は遠からず1時半になろうかというところだった。
「任務が入った。訓練過程には参加しない。事情は営舎で話す」
サイアスは手短にそう告げると、ロイエとベリルを抱えるようにして
追い返し、自身も足早に営舎へと向かった。
デネブは最後尾で周囲を警戒しつつ後に続き、その様子で何かを察した
ロイエはサイアスの前に回って周囲を警戒し、先導を始めた。
サイアスは目を細めてその様をみやり、ベリルの肩に手を置き
小さく頷いて共に進んだ。
一向は無事に第四戦隊営舎へと戻り、参謀部からの人手と打ち合わせを
するデレクらに敬礼しつつ、サイアスの居室へと入った。
「一連の騒動の首謀者が判明したが、勘付かれたのか
状況が急展開している。敵はグウィディオンという豪族の嫡子と
彼の率いる私掠兵団だ」
「聞いたことがあるわ。というかロンデミオンを襲ったのは……」
「そのようだね。ランドもそれを承知していたらしいけれど、
そのせいか襲われて負傷し、今治療を受けている。
命に別状はないし、すぐに治るから心配しなくても大丈夫だよ。
ただ、グウィディオンがどこに潜んでいるかは不明なままさ。
流石にこの営舎には居ないだろうけどね」
「……」
ロイエの目が据わってきた。
「ランドと共にいたシェドは行方が分からなくなっている。
ブーク閣下によれば、彼は敵ではないようだ。
現状、第一戦隊を除く各戦隊は参謀部と共にグウィディオンらの
討伐に向け準備をしている。君たち二人は装備を補充して
万が一に備えて自室で待機していてほしい。今回は私とデネブ、
他数名で作戦に参加してくるよ」
「……判ったわ。父さんや皆の仇。あんたに任せる」
「必ずや。君はベリルや厨房長、営舎の皆を頼む」
「えぇ。任せて頂戴!
生きている人を護るのが最優先。判ってる」
ロイエはきっぱりとそう言い、頷いてみせた。
「じゃあ倉庫から何かかっぱらってくるわ!
行きましょベリル!」
ロイエは明るくそう告げ、ベリルを伴ってサイアスの居室を後にした。




