サイアスの千日物語 三十四日目 その十一
ブークが息をのみ、ローディスとルジヌが顔を見合わせた。
サイアスは強く拳を握りしめ、デネブはサイアスの手を掴んで
落ち着くよう促していた。
「……先手を打たれたか。おい、ランドとやらの容体はどうなのだ」
ローディスは兵士に問うた。
「後頭部に打撃を受け昏睡状態にあります。
致命傷ではないとのことですが」
「戦隊長権限だ。全速で回復させろ。最優先でやれ」
「ハッ」
ローディスの命に兵士が応じ、一人が駆け足で消えた。
「……治癒技術を秘匿しておいて正解だったな。
知っていたら半殺しでは済まさぬだろう」
ローディスがそう呟いた。
「不幸中の幸い、か……
まぁランド君に手を出したのは宣戦布告と同義だ。
グウィディオン及び私掠兵団は殲滅する。
手を貸しているトリクティア機動大隊も同罪とみなす」
「機動大隊も殲滅しますか?」
ルジヌがブークに問うた。
「できればそれが手っ取り早いが、
団長は今アウクシリウムだ。裁可を仰げない以上、
やり過ぎるわけにもいかないね。まずはグウィディオンの
影響がどの層にまで及んでいるのか、見極める必要がある。
参謀部と第四戦隊で査察に入って貰おう。実際に動くのは、
夜になって『出るべき者が全て表に出てから』だ」
「成程…… 了解しました。
では参謀部で情報を共有しておきます」
「ところでシェド・フェル君はどうしたのかね。
ランド君と一緒ではなかったのかな」
ブークは兵士にそう尋ねた。
「補充兵シェド・フェルは消息不明です。
現在捜索にあたらせております」
「……」
「……」
サイアスとルジヌは沈黙した。
「ふむ、サイアス君、ルジヌ君。シェド・フェル君は
少なくとも敵ではないよ。そこは勘違いしないでくれたまえ。
彼もまた少々訳ありでね。何かしら独自で動いているのだと
そう思いたいところだが……」
「そろそろ午後の講義の時間のようだな……」
ローディスは玻璃の珠時計を見てそう言った。
「サイアス。お前と配下は出席しなくともよい。
ニティヤの説得を最優先しろ」
「了解しました」
「ニティヤが説得できたなら、夜間の出撃に備えて待機しろ。
配下を迎えにやる。対人戦、しかも多勢を数名で討つ展開になるだろう。
グウィディオンに逃げずに戦うという選択肢を取らせるため、
こちらは6名程になる。対人戦は細部の潰し合いになることが多い。
防具に注意を払っておけ」
「ハッ」
「そうだな…… そこに立ってこちらを向け。
一手授ける。そこのお前も見ておけ」
そういうとローディスも立ち上がり、サイアスに対峙した。
デネブも立ち上がってサイアスの脇に控え、直立不動となっていた。
「右手を肩の高さで前に伸ばしてみろ。そうだ。
次に腕から力を抜き、肘に錘をぶら下げたが如くにしろ。
自然と折れ曲がり下がったな。それでいい」
ローディスはサイアスの右肘を掴んだ。
「良いか、今は肘がお前の右腕の先端だと思え……
今、水月の高さにある右肘を、身体の正面から
左側へ膨らませつつ半円を描き、肩の高さまで掬い上げろ」
ローディスはそう言いつつ、
掴んだサイアスの右肘を自らの言葉通りに動かした。
「まずはこの動きを覚え込め。
それができたら脱力した肘から先、特に手首を内側へ捻りつつ
肘の動きに即してしならせ追従させ、肘の動きが止まると同時に」
ローディスはサイアスの腕を振り回し、ビシリと止めた。
「真っ直ぐ伸ばしてここで止めろ。肘から先は終始脱力し、
最後の一瞬のみ手の内を締めよ。手を鞭のようにしならせ、
腕の動きに横方向の円運動と前方への突出を加え、螺旋と成す。
これを最小限の動作を以て最速で行えば」
ローディスは自分の腕を振るい、ビシリと空を裂いて
サイアスの首筋で手刀を止めた。
「斬撃と刺突、両方の特性を持った狭所への一撃が可能となる。
密集した敵陣で狙い通りに剣を振るう際に活きてくる」
ローディスはそう言ってサイアスの首に突き付けた手刀を崩し、
そのまま肩をポンと叩いた。
「元々は徒手格闘の技だ。
速いが軽い牽制打だが、利剣を以て
これを成せば効果はまるで変ってくる。
手だけでは軽い。踏込みや体幹の捻り
体重移動をも取り込んで打て」
サイアスはローディスを、自身の腕を
食い入るように見つめ、教わった全てを
必死になって反芻していた。
「重要なのは速さ、そして捻りだ。
型には拘泥せずともよい。使い込めば
いかようにも応用が効くだろう。これが
我が剣技の一つ『旋』だ。試してみるがいい」
ローディスは薄く笑い、再び席へと戻った。
「閣下! 有難き幸せ!
必ずやモノにしてみせます!」
サイアスはいつになく興奮し深々と礼をした。
デネブもまた、ローディスに対し
鎧を鳴らして頭を下げた。
「これは素晴らしい贈り物を頂いたねサイアス君。
弓はまたちょっと特殊だから、今ここで私から
何かを授けるというのは難しいが……
そうだな、代わりと言っては何だが、グウィディオンと
対峙する際には第三戦隊からも人を出そう。
腕利きを用意させて貰うよ。共に連れていってくれたまえ」
「感謝いたします、閣下」
サイアスはブークにも深々と頭を下げた。
「はは、君には迷惑をかけ通しで気が重いよ。
この件、そして宴の対応が落ち着いたら、きっちり
その労に報いたいところだ。武運を祈っている」
「ハッ。それでは両閣下、これにて失礼いたします」
サイアスとデネブはブークとローディス、ルジヌに敬礼して
ブークの居室を後にした。




