サイアスの千日物語 三十四日目 その九
「ところで……
そのグウィディオンとやらは、今どこにいるのだ?」
ローディスが至極当然とも言える問いを発した。
ルジヌは眉間に皺をよせ、
「不明です。
大前提として、我々はグウィディオンの容貌を知りません。
訓練課程二日目、すなわち補充兵が城砦に到着して
三日目の午前中に名前を書かせて得た名簿には
グウィディオンの名前はありませんでした。
名簿作成以前に姿を晦ましている可能性もあります」
と答えた。
「入砦式、及び訓練課程二日目の午後に、
豪奢なケープを纏った男を目撃しています。
訓練課程二日目の城砦外周の行軍では、恐らく私掠兵団幹部と
思われる一群がケープの人物を護衛するように行軍していました。
この人物がグウィディオンではないかと思われます」
サイアスはその様に答えてみせた。
「豪奢なケープの人物、とやらが最初から影武者の可能性もあるぞ。
グウィディオンの目的が討伐隊を欺くことにあるのならば、
自分が荒野で処刑されたことが平原に伝わればそれでいいのだからな。
面識率の低い場所であれば、終始替え玉を使って
安全にコトを運ぶくらいはするだろう」
「閣下の仰るところは論理的整合性を伴っています。
一方で入砦式以降、城砦から平原へ戻ったのは
騎士団長とベオルク殿、そして数名の供回りのみですから、
グウィディオンは未だ城砦のどこかにいるとみて良いでしょう。
であれば我々としては、まず、
グウィディオンを判別する術を得る必要があります」
ルジヌはローディスの言を受けてそう言った。
「グウィディオンの判別が付く可能性のある人物には、
2名心当たりがあります」
サイアスのその言に、ブーク以下全員の視線が集まった。
「一人は補充兵のランド・ロンデミオン。
ロイド・ロンデミオン卿の子息であると思われる人物です。
訓練課程二日目の昼食時に、盗賊団に町を襲われ
辛うじて落ち延びた旨を聞いております。
おそらく盗賊団の頭目たるグウィディオンや幹部衆を
実際にその目で見ていることでしょう」
「それは間違いなさそうだ。ランド君は今どこに?」
「確か…… 『たまには男性寮側の食堂へ』と言っていました」
ブークの問いにサイアスはそう答えた。
「まずいな……」
ローディスは低い声で呟いた。
「ランドとやら、グウィディオンの所在を確かめに行ったのではないか?
グウィディオンとしても、面が割れていることは承知しているだろう。
進んで目立つことはせぬとしても、どうせ捕まって処分されるという
手続きを踏むのだ。わざわざ確かめにきたとなれば、
口封じに殺すくらいはやるだろう」
「ふむ、確かにまずいかな…… 誰かいるかね!」
ブークは扉に向かって声をあげた。
「ハッ」
短い応えと共に、
サイアスたちを呼びに現れた兵士が扉を開けて入ってきた。
「補充兵のランド・ロンデミオンの身柄を確保してくれたまえ。
拘束する必要はない。それとなく身辺を警護し、
可能ならこちらへ誘導して欲しい」
「ハッ」
兵士は再び短く応えると速やかに退出した。
「彼は常にシェド君といるようだから、
いきなり危害を加えられるということは無いと思いたいね。
それでサイアス君。もう一人というのは?」
ブークの問いかけに、サイアスは暫し応えるのを躊躇った。
ニティヤは暗殺者だ。平原の尺度から言えば、
グウィディオン同様、犯罪者の類だった。
しかも現在城砦のいずこかに潜伏し、
何者かを暗殺すべく機会を窺っているはずだった。
サイアスはニティヤの狙いがグウィディオンであるとの
直観を得ていたが、他者に説明できるような確証を
持ち合わせてはいなかった。場合によってはこの場にいる誰かを
獲物として狙っている可能性だってあるのだ。
うかつにその名を口にすれば、それがニティヤの死に繋がる
こともあるだろう。それはマナサとの約束を破ることになるし、
何より菓子や石のやり取りで仄かな絆を感じ始めていた
ニティヤその人を裏切ることになるのではないか。
サイアスはそのように考え、判断を付けかねていたのだった。
ブークはサイアスの様子を見て、何事かを察したようだった。
「サイアス君。ここに居る我々は、兵士ではない。
騎士もしくは軍師という別の立場に属する者だ。
兵士ならば従わねばならぬ諸処の規則から、
場合によっては逸脱することができるのだよ。
君と君の友に不利になるようなことは決してしないと約束しよう。
城砦騎士クラニール・ブークの名に懸けて誓おう。
話しては貰えないだろうか」
ブークは優しげにそう言った。
「剣聖ローディスの名にどれほどの価値があるかは知らぬが。
まぁ俺がお前を裏切ることはない、それだけは約してやろう」
「貴方はいずれ騎士となる人物です。騎士の目となり耳となって
共に歩むのが軍師の務め。このルジヌを信じていただきましょう」
ローディスとルジヌもまた、サイアスに対して誓約し言質を与えた。
「過分なお心遣い、痛み入ります……
私のような未熟者にそこまで心を砕いていただいて、
どうして応えることを躊躇えましょうか」
サイアスは目頭に熱いものを感じ、暫し目を閉じ黙していた。
「ではお聞きいただきます。ニティヤと呼ばれる人物のことを」
そう言ってサイアスは、
今一人のグウィディオンを知る可能性を持つ者
ニティヤについて、一同に説明しはじめた。




