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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十四日目 その八

「それでは次は私の方から。まず結論から申し上げますと、

 此度の騒動はトリクティア東方の町メロードを拠点とする

 豪族の嫡子『グウィディオン』と、彼の率いる『私掠兵団』

 によるものと判明しました」


「グウィディオンと私掠兵団……」


サイアスはルジヌの口にしたその名を反芻し、手元の補充兵名簿に

目を落とした。しかしそこにグウィディオンの名はなかった。


「偽名を使っているのでしょう。訓練課程二日目に作成した

 リストには、グウィディオンの名はありません」


ルジヌはサイアスの意図を察してそう告げ、話を続けた。


「グウィディオンはトリクティアの東方やや南に位置する

 メロードという町の領主の子です。5年ほど前から盗賊や

 傭兵崩れを集めて私掠兵団を結成し、これを率いて近隣の集落や

 村を襲って金品や人員を強奪、トリクティア東方及び

 フェルモリア北方の治安に著しい悪影響を与えておりました」


「グウィディオン率いる私掠兵団は

 トリクティアやフェルモリアといった大国には一切手を出さず、

 常備軍を持たない小規模な生活圏のみを目標にしていたため、

 周辺諸国からはトリクティアもしくはフェルモリアと通じている

 との見方をされていたようです」


ルジヌは淡々とグウィディオンの来歴を語った。


「……グウィディオンの雇い主はトリクティアだ。トリクティアは

 生存圏統合防衛計画以降、ひたすら膨張主義を採っている。

 土地勘があり配下が多く、それでいて中央との繋がりを持たない

 こうした地方豪族は、汚れ仕事を任せるには最適でね。

 ただこの男に関する限り、少々やり過ぎたらしいと聞いている」


ブークは遠くをみるような目でそう語った。


「閣下の言われる通り、このグウィディオン率いる私掠兵団は

 東方圏で略奪行為を重ねました。襲われた村や町は跡形もなく破壊され

 復興の目途が建たなくなるものが相次ぎ、また私掠兵団を恐れるあまり

 トリクティアやフェルモリアへの併合を望む町も多かったようです」


「国が新たな土地を取る理由は、その土地に旨みがあるからだよ。

 土地なら何でも良いわけではないし、破壊され再建の目処も

 建たなくなった廃墟などは金食い虫のお荷物に過ぎない。

 そうした意味でいうとグウィディオンは、

 無能とまではいかないが、迷惑な働き者だったのさ」


「そのようですね。次第にグウィディオンは雇い主から腫物扱い

 されはじめたようです。しかしグウィディオンは、

 それを逆手に捉えて私掠行為を加速させたようです。

 どうも私腹を肥やして力を蓄え、ゆくゆくはフェルモリアと組んで

 トリクティアとやり合うつもりだったのではないか、

 と推測されています」


「群雄割拠の時代であれば、小国の一つも興せた器、かも知れないね」


ブークはそう言って肩を竦めた。


「グウィディオンとトリクティアとの訣別が決定的となったのは、

 私掠兵団によるロンデミオンの襲撃でした。

 街道沿いの要衝にあるロンデミオンの町は貿易の拠点として、

 また防衛上の事由においても重要であったため、

 トリクティアとしては是非とも無傷で手中に収めたかったようです。

 そのため硬軟織り交ぜた長期的な策で領主ロイド・ロンデミオンに対し

 懐柔を図っていたようですが、トリクティアの指示を無視した

 グウィディオンは春の収穫祈願祭にあわせてこれを襲撃、

 ロイド・ロンデミオン以下主要人物を殺害し、若者を大量に殺し攫って

 経済と人口に致命的な打撃を与え半壊させた模様です」


ロイド・ロンデミオンとはランドの父のことだろう。

サイアスはそう思い至りつつ、先刻のランドの表情を思い出していた。


「ロンデミオンの領主は極めて有能な人物でね。

 傭兵団を取り込んで常備軍化したり、街道を警備して

 安全を担保に関税を取ったりと、先鋭的にして手堅い良い政治を

 行っていた。トリクティアとしては町よりも

 ロイド・ロンデミオンその人を欲していた可能性が高い」


ブークはそう言ってルジヌの説明を補足した。


「この件を機に、トリクティアからは

 グウィディオンに対する追討令が出されました。

 公然の秘密であったとはいえ、グウィディオンは

 トリクティアの暗部を熟知していますから、

 かなりの規模の討伐部隊が編制されました。

 またフェルモリアもトリクティアに恩を売ることを

 選んで同様に討伐部隊を派遣、被害にあい続けた

 周辺諸国もこぞってこれに同調しました。


 ここに至って窮地に陥ったメロード家としては

 グウィディオンを反逆者として自ら討伐しようと画策したのですが、

 これを察知したグウィディオンに逆に攻められ、

 メロード家当主はじめ一族の主だった顔ぶれは死亡。

 グウィディオンは膨大な資産を元手に潜伏し、方々渡り歩いて

 討伐部隊を潜り抜け、十日程前にアウクシリウムへ到着。

 如何様にしてかトリクティア機動大隊の幹部に取り入り、

 私掠兵団の幹部ともどもに補充兵の群れに加わったのです」


「大した才覚だな。人品卑しいのが残念極まりないが」


ローディスは苦笑しつつそう言った。


「そうですね。行動力や機動力は抜群と言えます。

 もっとも眷属同様、人が飼いならせるものではないでしょう」


ルジヌもローディスに賛同した。


「トリクティアの駐留部隊と結託していたのであれば、

 ほとぼり冷ましの方法もはっきりしたと言っていいでしょう」


サイアスはそう言って頷いた。


「そうだな。敢えて騒ぎを起こして城外に放逐され、そこを

 練兵や哨戒の名目で出動した駐留部隊で保護させ、匿わせる。

 そして機をみて輸送部隊に紛れて平原へと戻り、

 いずこかに潜んで再起を図る、ということだろうな。

 城砦に着いてからの方策は、城外への放逐という処罰形式を知って、

 その場で構築してのけたのだろう。なかなか知恵の回る連中ではないか。

 俺の講義で騒いでくれれば、即座に首を撥ねてやるのだがな……」


ローディスは至極残念そうにそう言った。


「はは、閣下に恐れをなしたがゆえ、

 今朝の講義では一斉に騒動を起こしたのでしょうね。 

 ……もっとも」


「まだ他に理由がありそうな気はしますよ。急ぐ理由がね」


ブークはそう言って思案した。


「……宴が近いことを感づいたのではないか? 

 下手をすれば放逐代わりに最前線で囮にされる、

 とでも思ったのやも知れん」


ローディスはやや目を細めてそう言った。


「グウィディオンが宴に関する知識を持っていた

 可能性は高くないと思われます。月の色が定まるまでは

 駐留騎士団に対し宴の情報は開示せぬ方針です」


ルジヌはその様に述べ、サイアスは憂慮し逡巡していた。

グウィディオン一味がことを急ぐのは、実はニティヤが絡んでいる

からではないのか、と。そしてニティヤのことをブークらに話すので

あれば、それは今をおいて他にないのではないか、と。

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