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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十四日目 その七

「実はもうお一方お招きしているのだが…… 

 と、来られたようだ」


ブークの言に合わせて扉が開き、壮年の男が姿を現した。

その人物は風景が描かれた緋色の着物を帯で締め、

肩からはマントに似た短い外套を羽織っていた。

そして東方風の装束を身に纏いつつも、

腰には西洋風の長剣を佩いていた。


「おや、待たせたか。すまんな……」


「丁度揃ったところですよ。

 ささ、どうぞ。すぐに茶を用意しましょう」


現れた壮年の男とは、第二戦隊長ローディスその人であった。

ローディスはブークの隣に腰掛け、卓ではブークとローディスに対し

ルジヌとサイアスそしてデネブが向かい合う形となっていた。


「ここは気の流れが心地よいのでな。

 よく邪魔をしにくるのだ。今日も半分は冷やかしだ」


もう半分は、やはりこれからの話題に関係あるのだろう。

サイアスはそのように考えた。


「宴も近い。面倒事はさっさと片付けてしまうに限る。

 まぁそういうことだ……」


ローディスはそう言ってニヤリとし、

ブークはその言に頷いていた。そうこうするうちブーク夫人が

ローディスに茶を運んできた。ローディスは会釈し茶を楽しんだ。


「ではそろそろ話を始めるとしようか。まずは私から、

 身の潔白を証明しておいた方がいいだろうね」


ブークはそう言うと一息入れ、自身の来歴を語り出した。


「私がトリクティアの貴族であったことは、

 諸君も知っているだろう。今から7年前、当時財務大臣補佐官として

 国政の中枢にあった私は、自らを取り巻く環境に閉塞感を感じていてね。

 伯爵家の次男坊ではそれ以上の出世を望めなかったからだ。

 若い頃は立身栄達に夢中だったから、絶望感すら抱いていたよ」


「まだ若いくせによく言うぞ…… お前今年で34だろう」


ローディスがそう言って苦笑した。その言はブークが27歳にして

官僚の頂点に位置していたことを示していた。


「いやいや、もうすっかり老人の気分ですよ。

 ローディス閣下より白髪も多い」


ブークもまた自嘲気味に苦笑した。


「よせよせ、苦労自慢では到底お前には敵わぬわ」


ローディスはそう言って笑い、話の続きを促した。


「おっと失礼。ともあれそうした折に

 城砦から経営再建のために招聘されてね。まぁどうせ

 位も打ち止めだし、渡りに船と乗ってみた、までは良かったのだが」


「いざ来てみるとこれがもう、酷い有様でね…… 

 管財は野放図経理は原始的書類決済は先史レベル。

 それが100年分だ。思わず失神しそうになったよ。

 いや人生初めてだね、あんなに慌てたのは。それから半年程はもう、

 魔も真っ青な勢いで働いては見たものの、一向に書類は減らないわ

 新たなトラブルが起きまくるわで、あぁこれは

 放置したくなるのも判るなぁ、と思ったりもしたものだが」


「いや済まないね、愚痴を聞かせるつもりではないんだよ、決して。

 まぁそうこうするうち少しずつ結果が出てきてね。国の中枢で

 数字をいじっても数字でしか結果が返ってこないものだが、

 ここでは成果が眼で見え、手に手応えが残る。

 それが楽しくなってしまってね。いつの間にやらここが

 自分の居場所だと感じるようになった。そこで」


「2年後、期限付き入砦のその期限となって、

 本国に戻るよう辞令がきたのを突っぱねたんだ。こちらの方が

 やりがいがあると確信していたからね。すると政府からはこれ幸いと

 罷免され、実家からは勘当されてしまった。まぁ2年あれば

 派閥の力関係も変わるだろうから。元々厄介払いの

 一環だったのだろうね」


「そんなこんなで無位無官、ただのクラニールとなった私に、

 城砦が所領を与えたのさ。アウクシリウム北方の城砦領を

 食邑として与え、辺境伯に任ずる、とね。元伯爵家の次男坊は

 これにて公爵に準ずる辺境伯になったのだよ」


「そういう経緯があるのでね、私は元トリクティア貴族ではあっても、

 今は何ら繋がりはないのだ。別段敵対している訳でもないがね。

 なので此度の一件に対し、何も含むところはない、というのを諸君に

 伝えておきたかったのだよ」


ブークはそう言ってサイアスやルジヌ、デネブを見やり、微かに微笑んだ。

サイアスはブークを積極的に疑っていたわけではないが、

可能性の一つを消去してかかるつもりも持ち合わせてはいなかった。

まして私情なぞ欠片も挟まぬ軍師であれば、

その傾向はさらに強かったことだろう。

ブークはサイアスやルジヌの手前、

まずはそうした部分を自ら詳らかにしてみせたのだった。


「お話はしかと承りました。

 元より私は命を受け訓練課程に参加している身。

 その命は他ならぬ閣下よりのものです。これからも変わることなく、

 誠心誠意努めさせていただきます」


サイアスは確たる意志をにじませた声でそう言った。


「私も同様です。剣聖閣下同様『城砦の子』である身としては、

 左様な疑念は一笑に付して然るべきではありますが」


ルジヌはそう告げ、眼鏡に手をやり位置を直した。


(私は個人として見解を持ちません。ただ我が主を護るのみです)


デネブは流麗な筆致でそう書き記した。


「古代文字か…… 久々に見たぞ」


ローディスはそう呟いた。この場にいる全ての者は、

古代文字に一定以上の素養があった。


「うむ、諸君の言をありがたく思う。

 瑣事と言えど黙っていては伝わらないし、わだかまりも残るものだ。

 こうしてはっきりさせることができてよかったよ」

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