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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
16/1317

サイアスの千日物語 二十六日目 その六

二手に分かれたできそこないの群れは、

しかし即座に仕掛けてくることはなかった。

サイアスは中央の馬車の荷台中程から

その様を静かに見つめていた。


人智の外にて初めて遭遇する慮外の脅威、

その群れに対し、サイアスはなお冷静に、

冷徹に状況を俯瞰ふかんしようと努めていた。


この群れは何かがおかしい。

サイアスにはそう思えてならなかった。

しかし違和感はひしひしと感じるものの

具体的にどこがおかしいのか判然としなかった。

砂塵と地響きで雄たけびを彩る異形らの暴威は

否定し難い重圧となってサイアスの思考を蝕み

知を尽くすことを妨げた。



何とかしないと、そう思ったサイアスは

ラグナに貰った布袋から一際青い実を選び

口に入れ、かじった。


途端に形容しがたい強烈な渋みとエグ味が

渾然一体となってねっとりと口中に広がり

一瞬視界すら失ってぐらりと揺れ、

サイアスは盛大に顔をしかめた。


「ぐぇ…… にが」


声まで漏れていたようだ。

脇で見ていた騎士が噴き出した。


「何をしてるんだよ」


「荒療治」


涙目になって残りを吐き出し水を含み、

うがいしそれでも何度かむせて漸くにして

落ち着き頭が働きだしたサイアスと

それを見つめる本隊の指揮官、

騎士ヴァディスとの目が合った。


ヴァディスは笑ってはいなかった。

そして呆れても怒ってもいなかった。


「サイアス。君の考えを聞こう」


ただ、凜とした声でそう問うた。



「はい。二つの違和感を感じます。

 一つは敵が何かを待っているように見えること。

 もう一つは未だうまくまとまりません」



「ふむ」


ヴァディスはやや首をかしげ

すぐに叫んだ。



「……馬足微かに落とせ!」



馬車の操手らは指示に従い

逃げる車列の速度を落とした。





平原に隣接する荒野の南部。

北手の大湿原と南手断崖とに挟まれた

この一帯は「できそこない」の縄張りであった。


彼らはこの隘路あいろの有様を熟知している。

よって仕掛けに最良な地点に車列が至るのを

待っている可能性がある。前方に伏兵を布陣させ

狭撃の構えを見せていた事からみても、地形を

活かした複数の仕掛けを用意している蓋然性がいぜんせいは高い。

サイアスの言からヴァディスはそう思い至ったのだ。


もっとも狭撃も他の仕掛けも飽くまで二次的なもの。

眼前に獲物を見据え斯様に殺到する一群にとって、

それらを用いずともカタが付くなら

躊躇なくそうするだろう。


さすれば殺到する彼らがこそが、

他が合流するまでに喰らうべき獲物を

選り好み独占できるのだから。


眷属が人を襲う目的は喰らうため。

馬も積荷も余すことなく全て喰らい尽くさんが

ためである。そうした彼らの目的や本能的な

欲動を、ヴァディスは巧みにくすぐった。


そしてまさに読み通り。

微かに落ちた馬足から疲労の限界を見てとったか、

飛び切り大柄で活きの良い、こちらとっては

悪夢でしかない3体のできそこないが

速度を上げ、西へと逃げる車列の北側に

せり出してきた。



側面から見ると、できそこないは益々

できそこないであった。上半身は筋骨隆々と

鳴るが如し。四足獣と呼ぶには余りに人に似た

ごつごつとした肩と前肢を持ち、その一方で

大地を掻き踊る前肢の後方には馬や牛の如き

胴が続き、次第に毛並みが増して下半身は

完全な有蹄類の特徴を示した。


前後左右、どこをとっても混ざり物であり

どこか徐々に人に近付いていく、そうした

過程をも感じさせた。そして醜悪で暴威に満ちた

人の顔をして、甲高い赤子の声で吠えていた。



車列の先を駆ける騎士ヴァディスはそうした

殺到する3体にいささかの感慨も示すことなく、

騎士らもまた僅かの動揺をも見せる事がなかった。

そしてヴァディスは



「敵を誘う。敢えて受けよ!」



と下知。右側車両の騎士たちは盾の陰に

身を隠しつつ、来るべき衝撃への備えを固めた。


できそこないらはしたりとばかりに

巨躯をたわめて力を溜め、

揃って馬車に体当たりを仕掛けた。



ドゴォッッ。



盛大に音を立てて外装の一部が吹き飛び、

馬車が揺れ、馬が嘶く。手出しなきがゆえに

できそこないの体当たりは理想的な形で成功し、

右の馬車を激しく振動させた。


騎士たちはかろうじて転倒を避けたが

右の馬車は中央へ、中央の馬車は左の馬車へ衝突。

横方向の玉突きを起こして左の馬車は側面に迫る

断崖の荒々しい岩壁へと押しやられた。



「クッ!」



左の馬車の騎士たちは、盾であるいは手槍の石突で

力の限り岩肌を突いた。その反動により、馬車は

すんでのところで岩壁への衝突を避け元の軌道へと

立ち戻ったが、横方向に流れる岸壁に垂直に得物を

突き込む強引な動作によって、盾や手槍は破損し、

騎士らも腕を痛めたようだった。



その様にサイアスははっとした。

時が止まったように感じる中。

サイアスの脳裏には、訓練用に潰した畑で

夕暮れの陽射しを浴び、自身に薄く笑みを向け

語って聞かせる伯父グラドゥスの姿が浮かんだ。



「直線的に流れるものに、横から力を掛けてやる。

 拍子を合わすのは一苦労だが、うまくやりゃ

 そいつは意外な程呆気なく向きを変え、

 明後日に弾け飛んでいく。

 

 力に力をぶつけ、向きを変える。

 これが攻撃を弾くときの基本になる。

 きわめりゃ矢だって素手で落とせるぜ。

 ま、大抵はサックリ刺さっちまうけどな」



サイアスは出立前の訓練の最中、

伯父グラドゥスにそう教わっていたのを思い出し

今見たものが将にそれだと開悟した。同時に

敵のなぎ払いには縦に打ち落とせばいいのだと、

狙いは胴ではなく腕にあるのだと対処法を見つけ

心に少し余裕ができた。




一方で背後より殺到するきそこないの群れは

側面からの仕掛けが成功したことに興奮し、

もはや抑えが効かなくなったようだった。

続いては後方から圧迫していた部隊のうち3体が

速度をあげて荷台間近にまで寄り、跳躍しては

騎士や積荷目掛けて打ち下ろすように薙ぎ払い、

あわよくば引きずり落とそうと暴れだした。



やれる。



サイアスは確信した。そして



やらねばならぬ。



そう決意した。異形の軍勢の攻め寄せる

荒野の只中の城砦で長きに渡る死闘を成そうと

いう者が、この程度の暴威に屈して良い筈もない。


そしてこれより長きに渡る死闘を共に超える

同胞らは、輸送部隊の到着を今か今かと

待ち望んでいる。騎士も積荷も何もかも、

連中にくれてやるわけにはいかない。



サイアスは荷台後方をきっと見据えた。

バックラーを掴む左手を前に。

帯剣を握る右手を後ろに。

左半身となって間合いを計った。


サイアスの見据えるその先では

できそこないらが攻め手のコツを掴んだものか

荷台の縁を片手で押さえ、伸び上がるようにして

強烈な薙ぎ払いで波状攻撃を成し、防ぐ騎士らは

防戦一方となっていた。


今もまた暴威に溢れた

怒涛の三撃が惨劇を起こさんと迫り、

3体目が薙ぎ払いを繰り出さんとした。




挿絵(By みてみん)





そこに、サイアスは飛び込んだ。



倒壊する巨木の如き打ち下ろし気味の薙ぎ払いに

躊躇ちゅうちょ無く、しかし刹那をずらして飛び込んで

自らの前方で空を切って流れるその豪腕に、

渾身こんしんの剣撃を叩き込んだ。


王立騎士団の帯剣は重みもあり、

短めで剣先の回転も速い。殺到する速度、

空振り流れる敵の態勢。筋肉の狭間、関節を狙う

精密なる狙い。全てが完全に調和し成立して、

サイアスの剣はできそこないの前肢を斬撃した。


できそこないの成す不安定な跳躍からの攻めに

完全に「合った」突進からの斬撃は豪腕を肘から

斬り飛ばし、吹き飛んだ豪腕が薙ぎ払う

できそこない自らを殴り付けた。


派手に紫の飛沫しぶきが飛んだ。

眷属の血は赤くないようだ。


斬られたできそこないは自らの豪腕に殴られた後

荷台に身体を打ち付け、弾んで後方へと落ちた。

そして、絶叫を残して後続に踏みしだかれ、

すぐに姿が見えなくなった。



こうしてできそこない1体を始末したサイアス。

だが攻め手は3体一組。未だ2体が健在であった。


仲間を斬り飛ばされた残りの2体は

小柄で喰いでには乏しいが、甲冑がない分

すこぶる喰らい易そうな新たなる餌に

嬉々として我先にと殺到した。


そしてサイアスが態勢を整えきらぬうちに1体が

剣呑な速さで鉤爪を走らせ、引っかけ引きずり

降ろそうとした。


回避が間に合わぬと見たサイアスはバックラーに

帯剣を添えて鉤爪に宛がう狙いを見せ、左腕の

損傷と引き換えにせめて鉤爪を粉砕してくれんと

殺到するできそこないの1体を見据えた。



が、そんなサイアスの左右後方から

銀の穂先がひたはしった。迫る鉤爪を前肢ごと

吹き飛ばし、さらに別の銀穂が頭部を叩き割った。

先にサイアスが見せたのと同様の、それ以上の

精妙さを具えた合いの二撃により致命傷を負った

できそこないは悲鳴もなく吹き飛び、やはり

後続に踏みしだかれすぐに見えなくなった。



「やるじゃないか」



2体目を斬り伏せた騎士たちが、

サイアスの両脇をしかと固め、笑った。



「左右は任せろ。死なせはせん」


「戦列を組むぞ、サイアス」



騎士たちは兜のうちから声を鳴らし、

サイアスを称え、励ました。


中央に剣のサイアス。両翼に手槍の騎士。

中央荷台の後方で即席の小さな戦列が組まれ、

なお迫りくるできそこないに備えた。

3体組の残る1体は劣勢と見たか、

もといた群れに戻っていった。



「味方負傷2、敵撃破2! 残敵12!」



指揮官ヴァディスは凜と高らかに戦況を報じ

西へと進むその前方を見やった。

視線の先では道幅が明確に狭さを増し、

進路前方には毒沼がせり出して岩壁と示し

合わせるが如く、疾駆する一行を待ち構えていた。

本話掲載の画像は

山猫ケン様の2017年の著作物です。

本画像に係る諸権利はIzがこれを有します。

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