サイアスの千日物語 三十四日目 その三
条文や法令の全文記載が多かった先日の資料とは異なり、
本日の講義で配られた資料は図式と表がその中心であった。
特に巻末には数字や記号の飛び交う数式の群れや
大量の網目に数字をびっしりと羅列した対数表が
所せましとひしめいており、見る者の思考力を
根こそぎ奪い尽くすかに思われた。
「資料の瞥見は済みましたでしょうか。
今回の講義は数値の扱いが主となりますので、
見習い軍師の用いる最低限の計算式と対数表を記載しておきました。
兵士である皆さんにおかれては、必ずしも理解する必要はありません。
あくまで参考資料として扱ってください」
ルジヌはさらりとそう言うと、
自身は資料を見やることなくその内容を語り出した。
「先日の講義では、
『城砦の沿革と連合軍に於ける位置付け
並びに関連法及び兵制について』と題し、城砦そのものと
そこに所属する構成員たる兵に関する説明をさせていただきました。
今日は兵制に並行する重要な話題でもある
『城砦騎士』と『城砦軍師』について、
また我ら『人』と敵対関係にある超常の存在
『魔』とその配下たる『眷属』について、そして
これらを繋ぐ概念『戦力指数』について確認していく予定です」
「まずは『城砦騎士』についてお話しましょう。
城砦騎士とは、戦士の頂点であり人の極みでもある、
圧倒的な戦力を有する個人に与えられる称号です。
先日お話した兵制に基づく地位や階級ではなく、
あくまで称号を有する特殊な存在であるということなのです。
この点、城砦兵士とは根本的に立場が異なるのですが、
まずは1ページ下部の図1をご覧ください。
図1は昨日お話した城砦兵士に関する組織図を簡略化したものです。
城砦騎士団長を頂点として下方に四本の命令系統を表す線が走り、
第一から第四の各戦隊へと繋がっているのが判るでしょう。
また第四戦隊は他戦隊よりやや高い位置にあり、そちらから
他戦隊へ三本の命令系統が伸びていることも確認できますね。
これが城砦兵士にとっての兵制です。
次に図2をご覧ください。こちらは騎士のみが属する
同名別個の『城砦騎士団』通称『騎士会』とその組織図となっています。
頂点に騎士団長がある点は図1と同様ですが、その下の線は
一本のみであり、騎士会と呼ばれる組織につながっています。
そしてその騎士会から騎士長へ、さらに騎士へと続き
構成されているのがお分かりいただけるでしょう」
「見ての通り城砦兵士と城砦騎士は厳密には別個の枠組みとして
存在しており、関連法規や地位待遇等も完全に別枠で扱われます。
城砦騎士は上層部ともいえるこの騎士会から兵制としての
城砦騎士団、通称『兵団』へ出向する形で指揮統率を担っているのです。
そのため騎士団長、騎士長に関しては絶対的な上下関係を持ちますが、
騎士同士は全て常に対等であり、兵団における戦隊や命令系統による
差を持たないことが見えてくるのではないでしょうか。
城砦騎士の員数は兵士より圧倒的に少ないため、
実務上兵士に比して大幅に融通を利かせた扱いをされています。
例えば第二戦隊の騎士が戦死した場合、急遽第一戦隊の騎士が
指揮官となり、兵を撤退させずそのまま任務を続行する、等の
臨機応変な指揮対応が可能となっているのです」
「さて城砦騎士の位置付けについてはこの辺でおき、
次はその定義を連合軍の法規から抜粋して確認しましょう。
表1をご覧ください。城砦騎士の要件はそちらに記載の通りです。
項目は複数ありますが、
1.城砦騎士団に所属する戦闘員であること。
2.戦力指数10以上であること。
重要なのはこの2点です。順に確認していきましょう」
「まずは1の『城砦騎士団に所属する戦闘員であること』ですが、
これは必ずしも城砦兵士であることを意味してはいません。
各国から派遣されてきた駐留騎士団や期限付きで入砦する
王侯貴族等を含むという意味です。
補充兵で構成される城砦兵士から比類なき活躍をして
戦力指数10を超える高みに昇る例もありますが、
平原の各国軍で活躍する英雄級の人物が城砦での任務の過程で
城砦騎士に叙任される例もまた、少なくないということなのです。
双方の出自による代表的な騎士を一名ずつ挙げておくと、
一介の兵士から騎士にまで達した例に
第二戦隊に所属する騎士であり、連撃の達人として
知られるヴァンクイン卿がおられます。
貴方がたが目指す標とするならば、まずはこの方になるでしょう。
また、平原の英雄が騎士となった例としては、
元トリクティア州都イニティウム防衛軍の千人隊長であり、
駐留騎士団として赴任中、荒野の支配者たる
『魔』の一柱『冷厳公フルーレティ』を討伐し、
平原全土にその名を轟かせた武神、元第四戦隊長にして城砦騎士長、
故ライナス・ラインドルフ閣下が挙げられるでしょう」
ルジヌは自らの誇りでもあるかのようにそう告げ、
サイアスを見やり頷いた。サイアスはルジヌもまた
他の兵士たちと同じく、父ライナスを知っているのだと理解した。
一方ロイエやランドといった補充兵たちは、驚きの表情で
サイアスを見やった。どうやら兵士に評判の「誓いの歌姫」としての
サイアスしか知らなかったようだ。サイアスは人類史に名を刻んだ
英雄としての父の名を聞くに及び、ひたすら表情を引き締めていた。
自分はこの英雄の影を追い、彼の残したかけがえのないすべてを
この身に換えて護りぬかねばならないのだ、と。




