サイアスの千日物語 三十四日目 その二
サイアスが身支度を済ませて自室を出ると、
応接室にはロイエとベリルが来ていた。
二人は食堂から三人分の食事を運んできたらしく、
サイアスを待ちつつデネブの煎れた茶を
楽しんでいたようだった。
どうやらサイアスの居室の一室である
簡易応接室は、もはやサイアス隊の談話室と
化してしまったようだった。
いっそ向かいから隣の居室へとロイエらを移して、
壁をくり抜いて扉を付け、一個の家に改築してやろうか、
などとサイアスはやや物騒なことを考え始めていた。
「おはよーサイアス。相変わらずのんびりしてるわねー」
ロイエがいつも通りの反応を寄越した。
「お、おはようございます。お邪魔してます……」
ベリルはややおっかなびっくり挨拶をしてきた。
(おはようございます。すぐにお茶を用意します)
デネブは給仕に専念して、何やら活き活きと動きまわっていた。
甲冑メイドか。そうそうお目に掛かれるものじゃないな、
などと思いつつ、サイアスは挨拶をして卓についた。
朝食は葉野菜と卵の和え物を挟んだパンと、
野菜くずを煮込んだスープだった。どちらも食べやすく
消化にも良さそうであり、ベリルも喜んで食べていた。
食後一息ついた頃、サイアスはようやく玻璃の珠時計で
時間を確認した。時刻は8時半というところだった。
「今日の予定だけど、午前の講義の後にルジヌさんと
補充兵の数の件で会うことになっているんだ。
長引くかもしれないから、食事は先に済ませてくれて良いよ」
「ん、そうなの? にしてもルジヌさん、て……
あんたほんと年上キラーよねぇ。まぁいいけど!
じゃあ私はベリルと先に戻って食事しとくわ。デネブは?」
(護衛してます)
「あーそうね。その方がいいかも。平気で危険に首突っ込むしねー」
ロイエはやれやれといった風にそう言った。
現状サイアスに最も危害を加えているのは他ならぬ
ロイエその人なのだが、サイアスは取りあえず黙っておいた。
「夕食はまたランドたちと一緒で良いかもしれないね。
そのあとは、今日は資材部に行く予定。ついでに厩舎にも寄るか」
「馬かー。私たちも馬には乗れた方がいいのよね? やっぱり」
ロイエはサイアスにそう問うた。
ロイエの父が運営していた傭兵団は
ロイエが物心付く頃には既にロンデミオンの街の
守備を主任務としていたため、構成員の大半が歩兵であり、
ロイエには馬術の心得がなかった。
「第四戦隊ではほとんどの兵士が
馬術に長けているみたいだよ。私も練習しないと」
サイアスは先日の戦闘を思い出しつつそう言った。
「馬上戦闘とかもやるのかしらね。ここって」
「どうだろう。前回は移動に使っただけだった」
ベオルクやデレクが騎馬で羽牙の群れを壊滅させた際、
サイアスはかなり後方の馬車の中であった。
「カエリア王立騎士団は凄かったよ。
騎馬突撃で眷属の群れを蹂躙していた」
サイアスは南往路での戦闘を思い出し、そう語った。
「カエリアの騎兵は平原一って言うわね。
一般的に北の連中は馬術の達者が多いみたい」
軍馬名馬の大半は、平原北側のカエリア王国産であった。
平原中部の三大国家のうち、カエリア王国は騎兵を中心とする
王立騎士団を擁していたいたが、トリクティアやフェルモリアの
軍においては騎兵は専ら指揮官のみであり、
軍団構成員の大半が歩兵であった。
「馬、乗ったことないです……」
(私もありません)
「一度機会を設けて訓練しようか。
教官を引き受けてくれそうな人には心当たりがある」
カエリア王立騎士団の騎士であり、同時に城砦軍師でもある
ヴァディスであれば、指導役として申し分ないだろう。
そしてサイアスが頼めば喜んで引き受けてくれるだろう。
ただし十中八九、代わりに何かしらやらされたり、
いじられたりはするだろう。肩を揉め足をほぐせぐらいは言いそうだ。
この際それは致し方ない、とサイアスは茶を飲み干しつつ覚悟した。
午前9時半。第三戦隊営舎二階、第一会議室。
時間通りに現れたルジヌは室内を見渡して兵士の数を確認し、
鐘が鳴り終わるのを待って声を上げた。
「揃っているようですね。
それでは本日の講義を開始します。内容は昨日お伝えした通り、
『騎士と軍師、魔と眷属及びそれらを測る戦力指数について』です。
まずは資料を配布しますので、一通り目を通してください」
補助役の兵士がルジヌの言に合わせて資料を配布し始めた。
訓練課程四日目、午前の座学が開始されようとしていた。




