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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十四日目

自室に戻ったサイアスは

冷蔵箱から取り出した午後の訓練の生菓子と

果実酒割りを机に置き、すぐにベッドに横になって、

今日一日で得られた情報を整理しはじめた。


補充兵の数の問題について。

明日のルジヌの報告を待って摺り合わせをする必要があるだろう。

ベリルについて。

座学は無理に同じ組に合流させる必要はないが、

自室での学習用に子供向けの机が要るかもしれない。

資材部に発注すれば喜ばれるだろうか。

剣と鎧について。

なかなかいい具合に仕上がっていた。

鎧も良いものになりそうだ。実戦が楽しみだ。

デネブについて。

色々と底知れぬ部分があるようだが、当人が

話したくなったら聞いてやればそれでいいだろう……


武器工房の炉の前で延々と錘付きの棒を振り回していたせいか、

脳裡に浮かぶ様々な事柄を適宜思考し処理するうちに、

サイアスは疲労感から深い眠りへと落ちていった。



深夜。何者かの気配を感じ、

サイアスはわずかに意識を取り戻した。

浅い夢見の中、室内にわずかな空気の流れを感じ、

そちらへ意識を向けつつも、身体は疲労からか眠り続けた。

気配にはまるで敵意がなく、むしろこちらを気遣うようにさえ

サイアスには感じられていた。

マナサの気配でないことはやはり確かで、

ニティヤで間違いあるまいと思い至りつつ、

サイアスは再びまどろみの底へと落ちていった。



翌朝。仄かに香る茶の匂いに鼻孔をくすぐられ、

サイアスは最近では珍しくすっきりと目が覚めた。

サイアスは、首を動かし、真っ先に机の様子を確認した。

机の上からは生菓子が消え、果実酒割りの杯が伏せられていた。


「……」


サイアスの視線は机の上にくぎ付けとなり、顔をそちらへと

固定したままむくりと起きて寝台を片付け、机の方へと向かった。

机の上、杯の脇には一つの青い石が置かれていた。

親指の先程の大きさをしたそれは

表面を複雑な多面体に切り出されており、

空の青よりも海の青よりも深い、

闇をも秘めつつも澄んだ青の輝きを湛えていた。


「これは…… まさかサファイア? 

 アクアマリンでは、ない。深みがまるで違う。

 灰簾石の可能性もあるが…… 

 いや、これは本物の鋼玉コランダムだ……」


サイアスは一目でその石が気に入り、

その圧倒的な存在感と輝きに我を忘れて魅入られていた。

暫時の後、気を取り直したサイアスは、遅まきながら状況分析を開始した。



まずは、手の平にしっかと握りしめられ

もはや我がものと確定したサファイアについて。

このサファイアは裸石ルースであった。

裸石とは、指輪や首飾りといった身に着けるための土台を

持たない石単体の状態で扱われるものを指す呼称だ。

ルースは身に着けるためのツールを持たないので、

わざわざこの状態で所持する者は概ね三種に分けられた。


まずは宝石商。

原石を入手し職人に研磨させ彫金師に装飾を作らせる、

その過程として宝石商はルースを所持していることが多い。

最も自然なケースといえた。


次に王侯貴族といった富豪。

金や絵画と同様、兌換目的で所持し、褒美として与えたり

急場において代価として支払うといった使い方をする場合がある。

このケースの最大の利点は

兌換する直前までは一個の芸術品としてその価値を楽しめる点にあり、

単純な資産運用目的というわけではないことも多かった。


最後は収集家。

サイアスのような、石が好きで好きでたまらない

やや困った者たちだ。こうした連中は石そのものに

深々と入れ込んでいるため余計な装飾を嫌い、

大抵生裸の状態の石を蒐集していた。


宝石を机に置いたのがニティヤであるとして、

果たして三種のいずれに当たるものだろうかと

サイアスは検討した。が、特段の証左もないことなので、

直観で決めつけることにした。恐らくは兌換用であろう、と。


さてそうなると、ニティヤは菓子や果実酒割りの礼として

このサファイアを置いたことになる。

しかし今サイアスの手のうちにあるこのサファイアは

低く見積もっても町一つ買い取れる程の価値はあった。

単なる飲み食いの代金として到底釣り合うものではなく、

もっと他に意図があるようにも思われた。


それに何故わざわざ石かという点も気になっていた。

ニティヤはサイアスの石好きをどこで知ったのか、ということだ。

サイアスが城砦で石に対して反応を示したのは二度のみ。

一度目は認識票を得る際にベオルクとおこなった、

第四戦隊の詰め所でのやりとり。ベオルクは大笑いしていた。

二度目は先日第三戦隊の食堂でのベリルに関する物言い。

こちらは大勢が聞いていたが、特に石好きである旨は主張しなかった。


実はニティヤはどちらかの現場にいたのではないか、

とサイアスは推測した。食堂で補充兵の群れに混じってか、

あるいは詰め所のどこかに潜伏して、か。


詰め所でのやりとりは入砦式の当日、

半刻ほど前のことであり、時期的にどうかと思われる点もある。

一方昨日の食堂に居たのであれば、サイアスは既にニティヤの

気配を知っているのだから、察知できていてもおかしくはなかった。

こちらの点についても確たる証左はなかったが、一つ判明したことがある。

それは、ニティヤが潜伏の天才だということだ。

おそらくマナサ以上ではなかろうか。


天才的な潜伏能力を持った暗殺者。たちが悪いどころの話ではない。

サイアスはふと、日々補充兵が減っている点について

ニティヤが一枚噛んでいるのではないかと思い至った。


また一つ、懸案事項が増えた……

サイアスはそう心の中で呟くと、着替えを済ませて自室を出た。

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