表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
153/1317

サイアスの千日物語 三十三日目 その二十七

防具工房での用件を終え、再び武器工房へと戻ったサイアスを

職人の一人が待ち構えていた。


「よぅお疲れ。下界は今日も大荒れの空模様だったようだな」


下階と下界を掛けているらしく、

職人はニヤニヤしながらそう言った。


「ふむ、いつもああいった様子なのですね……」


サイアスは微かに苦笑してみせた。


「うちが四六時中トンカンやってても平気で聞こえてくるからな。

 それに俺らは攻め気質、あいつらは受け気質だ。

 連中、実は喜んでるんじゃないのか?

 ともあれ俺は武器職人でよかったぜ。 

 ……っとこいつが例の預かりもんだ。検めてくれ」


職人は肩を揺すって笑いつつそう言うと、

数か所に真鍮の留め金が付いた木製の鞘に納められた

一振りの剣を差し出した。


「ありがとうございます」


サイアスは職人に一礼し、無造作に突き出された職人の手から

自身の為の剣を受け取った。鞘は平たい木製で、鯉口や石突部をはじめ

数か所を真鍮と革で補強してあった。サイアスは鞘の留め金を

ベルトに合わせて帯剣し、早速抜いてみることにした。


鞘と鍔の接点である鯉口を左手で抑えつつその親指で鍔を押し上げ、

木と革で覆われた柄を握る右手にわずかに力を入れると

スルリスルリと剣身が滑り出してきた。

それは全体で拳を八つ並べた程の長さを持つ

やや身幅の広い剣、「八束剣やつかのつるぎ」だった。

八束剣は周囲の灯りを映し込み、サイアスを眩しく照らしだしていた。


「ほぅ……」


サイアスは八束剣を天へと掲げ、剣身に周囲の灯りを走らせて

浮かびあがった波紋のような紋様を楽しんだ。


「柄は木で当て物をして革で巻いてある。

 柄頭ポメルは八角錐と半球の組み合わせだ。

『殺撃』系は一通りなんでもイケるぜ。

 一方鍔はほぼ、血止め鞘留めのお飾りだ。

 お世辞にも防御向きとは言えねぇな。

 反面ハーフソードはやりやすい。完全な攻撃特化の仕様だぜ」


サイアスの手の内で満足げに、誇らしげに輝きを放つ

八束剣を見やりつつ、職人もまた誇らしげに説明した。



剣の鍔は左右に長い棒状のものが多く、

敵の剣を防御した結果滑り落ちてきた刃を受け止めたり、

逆にこちらから敵の剣に引っかけて取り落とさせる

仕掛けの技法に用いられたりしていた。

こうした対剣及び対人用の技法や機能向けの鍔は、

人間とは体格や地力が異なり、そもそも武器を使うことが稀な

魔や眷属には効果が薄いため、荒野の剣では省略されることも多かった。


剣の鍔にはさらに発展したものとして、柄を握る拳全体を覆う

籠状護拳バスケットヒルトを備えた防御重視のものがあり、

かつてサイアスが用いていた王立騎士団の帯剣などはその典型といえた。


殺撃とは剣の切っ先側を両手で握って

柄頭を相手の頭部に叩き込む奇襲気味の大技であり、

剣技の中でも最大級の威力を誇る、文字通りの必殺技であった。

またハーフソードとは剣身のうち鍔上の拳二つ分程の、

刃が研ぎ出されていない部分「リカッソ」を逆の手で握り、

剣で棒術の動きを実現する技法であった。長めの剣では

特に重視される操法であり、甲冑剣術や組打ちの基礎とされていた。



「そいつはリカッソが長めだ。んでその先の刃だが、

 鍛造具合が良いんでな。かなり堅牢かつ鋭利に仕上がってるぜ。

 あと、リカッソ上拳二つって辺りに第二の重心がある。

 斬撃の目安にしたり、殺撃やハーフソードに利用したり、

 まあ大抵の剣技でいい具合に効いてくるはずだ。

 総じて、流石は剣聖の意匠ってとこだな」


サイアスは職人の言に頷きつつ、手にした剣を

手首を返してくるくると回転させた。

浮かびあがる波紋の如き紋様は灯りを反射し、

周囲にその姿を鏡の如く映し、玄妙な雰囲気を醸し出していた。


一般的に、剣の重心は持ち手の下にあるものだが、

この剣に関してはリカッソの終わりでやや

刃幅が広がったその先、拳二つ分といった位置に

第二の重心が具わっている様子であった。

見た目こそ先鋭なやや幅広の剣ではあるが、

斧や鎚としての特徴をも内包しているといえた。


「まぁこいつはいわゆる試作品だからな、

 真打はさらに特徴が先鋭化すると思っといてくれ。

 それと研ぎやらはいつでも引き受けるから、

 実戦での使用感とかを報告頼むぜ?」


職人は笑顔でそう言い、サイアスは剣を鞘に納めて頷いた。


「勿論です。色々とありがとうございました。

 それでは此度は失礼いたします」


サイアスとデネブは職人に一礼して工房を後にし、

職人は軽く手を振ってサイアスたちを見送った。


営舎に戻ると既に防具工房の台車が着いており、

サイアスとデネブは樽と木箱を抱えて居室へと戻った。

諸々落ち着いて一息ついた頃には、時刻は午後11時を回っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ