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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十三日目 その二十六

「大変助かります。ありがとうございます」


サイアスはマレアに頭を下げ、デネブもそれに倣った。


「いやいや、こっちが用あって呼びつけたわけだから。

 どうか頭を上げておくれ」


マレアは苦笑してそう言い、


「ところであんたはさっき少女と言ったが……

 素顔をみたことはあるのかい」


マレアはさりげなく、だが鋭い口調で問うた。


「いえ、ありませんが」


サイアスはごく自然にそう答えた。

デネブは身じろぎ一つしなかった。


「……じゃあ何で少女だと?」


「周囲の反応と当人の挙措ゆえです。

 もっとも声は出せず、筆談のみとなりますが」


サイアスは抑揚なく淡々とそう語った。動きに感情が見え隠れする

デネブよりも、ある意味人間性の薄い挙措だった。


「気になったりはしないのかい?」


マレアはサイアスに問い、サイアスは軽く首を傾げていた。


「はは、余計なお世話だったかね。

 見た目の違いでどうこう騒ぐようなタマじゃないらしい」


マレアはそう言って肩を竦めた。

サイアスはマレアの意図を察し、


「違いの大きさや理解の低さを理由にして、

 即座に相手を否定し害するのは浅慮だと教わっております。

 それに、死と寄り添って生きる身には、この程度は瑣事も瑣事。

 そもそも死線を共に越えた仲間であれば、疑う余地などありません」


と説明した。ただしあくまで「即座に」が浅慮なのであって、

つい先刻、自身が男職人たちを斬り捨てる気満々であったことは

サイアス的には欠片も矛盾してはいなかった。


「あぁ、その通りだ。 

 ……とっくに魂は騎士なんだねぇ。感心したよ。

 巨人の末裔だなんだと色付きの目で見られてきた身としちゃ、

 あんたみたいなのともっと早くに出会いたかった気もするが」


マレアはそう言って大きく頷いた。


「私ももっと若かったなら、サイアス隊に混じりたいとこだけどね。

 流石にこの歳だ。そこらはデネブに任せるとするよ。

 私の分もがっつり付いていっておくれ」


マレアは笑顔でそう告げ、

デネブはマレアの言にコクコクと頷いた。


「よし、そうと決まればこうしちゃいられない。

 鑷頭の皮のお礼の品は、デネブとお揃いの鎧にしよう。

 とはいえ華奢なサイアスに板金鎧は厳しいから、

 同じ意匠で材質は変更だ」


そういうとマレアは脇に控えていた

落着きのある職人らしき女性の部下に目配せした。

その部下はサイアスに厚手の布の貫頭衣を手渡した。


「そいつを頭からすっぽり羽織ってごらん。

 あぁガンビスンは脱いだ方がいいね。チュニックの上からで」


サイアスはデネブに貫頭衣を預けると、

言われるままガンビスンを脱ぎ、脱ぐと同時に

デネブが差し出した貫頭衣と交換し、羽織った。


「そいつは鎧の型紙みたいなもんさ。

 ちょいとくすぐったいかもしれないが、我慢しなよ?」


そういうとマレアは部下の女性に命じて、すっぽりかぶった貫頭衣の

要所要所を目盛のついた革や布のベルトで縛り、得られた数値を

貫頭衣の表面に書き込みだした。女性の部下はさらに増え、

総勢4名体制で採寸を進め、その間マレアはデネブの鎧を眺めつつ

大判の図面に無数の書き込みを施していた。


ほどなくして採寸が終わり、

サイアスは落書きだらけの木乃伊ミイラのような姿となった。

全身の随所を縛るベルトは緩いものではなかったが、

ロイエの締め上げに比べればむしろ心地よいくらいだと

サイアスは感じていた。


「よし、あとはこちらでやっておくよ。

 っと。そういや紋章について聞いておかないとね。

 希望のものはあるかい?」


マレアはサイアスに柔らかい笑顔を向けつつそう問うた。


「城砦と第四戦隊の紋章の他に、

 カエリア王立騎士団の紋章と我がラインドルフの紋章を

 刻んでいただきたいのですが、お願いできますでしょうか」


サイアスは三つも付けてもらうのを申し訳なさそうに尋ねた。


「お安い御用だとも。カエリア王立騎士団といや、国旗と同じ

 剣樹の紋章だったねえ。ラインドルフの紋章ってのはどんなのだい?」


「竪琴を持った人魚の紋章です。 ……その、歌姫の」


サイアスはラインドルフの紋章が刺繍された

光沢のあるハンカチをマレアに差し出した。

サイアスの異名「誓いの歌姫」は、実のところ

ライン川流域に伝承される物語を地でいくものであった。

若い騎士と川の乙女の悲恋物語は、かつて栄えた「水の文明圏」

にて実際にあった出来事であるとまことしやかに伝えられていたのだ。


「ほうほう、異名はあながち的外れでもなかったってことかい」


マレアは苦笑しつつサイアスにハンカチを返した。


「覚えたよ。実際に入れる際には文献で再確認しとくさ」


「宜しくお願いいたします」


サイアスが返事をした直後、男性の部下たちが台車を押して

戻ってきた。台車には人の胴程の大きさの樽が二つに、

修繕や手入れに用いる小道具が詰まった木箱が積まれていた。


「こいつは後で第四戦隊まで届けさせて貰うよ。

 それと、その…… さっきは済まなかったな。

 これからはもちっと他人様への配慮ってもんを

 身に着けるようにするぜ」


運んできた男職人たちはそう言ってポリポリと頭を掻いた。

デネブは帳面を取り出すと、


(もう気にしていません。

 わざわざありがとうございます。大切に使わせてもらいます)


と共通語で書いて示した。


「そ、そうか! いやぁ、それならよかったぜ。

 ははは! ……にしてもえらい精巧な小手だな。

 こうもスラスラ文字が書けるとは…… 

 ぬぉお、掌側まで金属なのか!? 

 凄ぇ造りだな…… 一体どういう構造に……」


と男たちは早速首を突き出してデネブを食い入るように見つめだした。

デネブはさっと手を引っ込めて再びサイアスの背後にまわり、

なんだか初対面以降どんどん子供っぽくなってるな、

との感想をデネブに抱きつつ、サイアスは苦笑して男たちを見やった。


「では我々はそろそろ失礼いたします。またお呼びくださいませ」


サイアスとデネブは一礼すると、

マレアと女職人たちに締め上げられる男職人たちの悲鳴を背に

来た道を戻り、防具工房を後にして階段を上り始めた。

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