サイアスの千日物語 三十三日目 その二十五
「私は防具工房の長をやってるマレアだよ。
部下が失礼をしちまったね。どうも職人てのには、
自分の専門分野なら無礼や不遜が許されると思ってる
馬鹿が多くてねぇ。そんなんじゃいつまでたっても二流だって、
口を酸っぱくして言い聞かせてるんだけど」
防具工房の長らしき女傑は、意外にも柔らかな物腰と
口調でサイアスにそう語った。発言からみても、
礼節を重んじる人物であるらしかった。
「いえ、こちらも非礼の段お詫びいたします。
第四戦隊のサイアスです。仰せにより罷り越しました」
サイアスは敬礼してそう告げた。
「おぉ…… 聞いたかいお前たち。
若いのに何とも立派なもんだよ。ちっとは見習ってほしいねぇ」
工房長は感心しつつそうぼやいた。
配下の職人たちはバツが悪そうに頭を掻いていた。
「この方たちはデネブに対し、
危惧すべき程に関心を示していたようですが」
サイアスは工房長にそう問うた。工房長はふむ、と頷き
サイアスの背後のデネブを見つめた。
「おや…… これはこれは。なんとまぁ……」
工房長は驚きとも感心とも付かぬ言葉を漏らしていた。
そんな工房長に対し、職人らしき男たちはほれみたことか
と言ったドヤ顔を見せ、次の瞬間には工房長の怪腕で
こめかみをグリグリと磨り潰され、断末魔のごとき悲鳴をあげていた。
「そちらの方、デネブさんだったかい。
失礼の段お詫びしておくよ。何というか、
あんたの甲冑があまりに素晴らしすぎてねぇ」
工房長は何度も頷きそう言った。
「甲冑てのは中に人が入るのが前提だから、
強度は勿論、可動性や機能性、整備性に重量見栄えといった
多くの要素を同時に追及していく必要があってね。
そういうのは一個の人間の思いつき如きじゃぁ
到底間に合わないもんなんだ。腕にしたってそうさ。
動きの少ない胸当て辺りから始めて、一生かけて鍛えぬいたところで
ようやく指の全部を動かせる小手が作れるようになる程度だ。
だから甲冑師は親方や先輩、歴史に残る名工の作なんかを
見かけたら、穴を開ける勢いで見つめ倒して、少しでも
多くの知識や技術を学び取ろうとするんだが」
「そちらのデネブさんの甲冑は、これまでに学んだどの
甲冑とも様式が違っててねぇ。名もなき天才甲冑師の作なのか、
それとも途方もない大昔の作なのか…… まあとにかく
職人の本能として、いてもたってもいられなくなったんだろうねぇ。
勿論だからといって、失礼を働いていい訳はないんだ。
そこがこいつらには判ってない。デネブさんには申し訳なかったよ」
マレアはそう言って、自身も不可思議さと好奇の念を
隠しきれぬまま、苦笑しつつため息をついていた。
もっともマレアはデネブの甲冑について、
ある程度の目途を付けていた。
青みがかった独特の地肌や真鍮と革を巧みに組み合わせた縁取りの文様。
けして見えない関節の継ぎ目と周囲を飾る精緻極まる鎖帷子、
そして全体を貫く、女性的ともいえる優美な曲線を描くシルエット。
名工と謳われるごく一部の甲冑鍛冶にのみ伝わる口伝に曰く、
血の宴で滅んだ「水の文明圏」のとある国に
そうした至宝があった筈だ、と。
サイアスはデネブをちらりと見やった。
デネブは何やらモジモジとしており、
現状の展開について特に帳面での意志表示をしなかった。
それを詮索無用の意味と取ったサイアスは、
「なるほど、お話は判りました。が、見た目は
どうあれデネブはいまだ年端もいかぬ少女。
好奇の目を向けられるのは辛いようです」
「……するとこいつらは。
年端もいかぬいたいけな女の子に向かって、
目ぇ剥いて腕振り上げて殺到してたってのかい?
こいつはただのお仕置きでは済まされないねぇ……」
工房長マレアはギロリと部下たちをねめつけた。
「ひっ、ひぃぃぃい! お許しを!」
「このクズども! 許しを請う相手が違うだろっ!」
マレアは自分に許しを請う部下たちに、雷のような大声で怒鳴りつけた。
部下たちはデネブ当人になんの謝罪もしていなかったことを
ようやくにして思いだし、慌てて平謝りに謝った。
デネブはその様に狼狽しつつ、さらにサイアスの影に隠れた。
サイアスはふとデネブの要望を思い出し、今こそ好機と切り出した。
「……そういえば。
デネブがここに来たのは私の付添というだけではなく、
彼女自身に所望するものがあったからでした」
「ほぅほぅ、なんなりと言っておくれ。
お詫びに贈らせて貰うとも。こいつらの勲功でねぇ」
マレアは手頃な落としどころだとばかりに飛びついた。
「油が欲しいそうです。関節の手入れ用の機械油と
防錆用の塗布油。分けていただくことはできますか」
「もちろんだとも。樽で用意しよう。
手入れの小道具やら、必要なものは一式見繕って付けとくよ」
マレアはそう快諾し、部下たちをジロリと睨みつけた。
部下たちは準備のために命からがらすっ飛んでいった。




