サイアスの千日物語 三十三日目 その二十四
インクスがまさに目の前で仕上げた剣を手に、
サイアスとデネブは炉を離れ通路を入り口方面へと
戻り始めた。すぐにインクス同様ひげまみれの男が
現れて、サイアスに手を差し出した。
「宜しくお願いします」
サイアスは会釈して男に剣を手渡した。
「おぅ。 ……流石は工房長、調整不用な出来栄えだな。
んじゃちぃと預かって磨きをかけるぜ。刃もきっちり研ぎ出しとく。
この剣だと、刃はちょいと長めになるな。鞘が要るからそっちを
こさえる時間も貰っとくか。 ……そうだな、小一時間てとこだ」
「そうですか。実はこの後防具の工房に向かうので、
帰りにまた寄らせて貰います」
「おっしゃ心得た。っとそうそう、拵えに希望はあるのかい。
オススメは俺らにオマカセだが」
拵えとはこの場合、鍔の形状や柄巻きの素材と方法、
柄頭の選択といった剣身以外の扱いのことを
指していた。また、通例長剣では鍔上から拳数個分の部位
には刃を研ぎ出さないため、ほとんどの場合鞘を持たず、
ベルトの金具で鍔を引っかけ、モノによっては切っ先部分のみ
覆うほぼ紐状の鞘で留める、といったやり方で装備していた。
インクスがサイアス用にと打った剣は刃の部分が長く
かつ鋭く仕上がる様なので、剣身すべてを覆う形式の鞘が
用意されるとのことだった。
「オマカセにします」
サイアスはやや苦笑しつつそう言った。
「はは、苦笑してやがるか。
仕上がりにビビらせてやっから楽しみにしてな」
男はそう言って笑い、おそらくは研ぎ師や外装師であろう
他の男衆と打ち合わせを始めた。サイアスは一礼すると
邪魔にならぬよう静かに通路を戻り、工房を出た。
工房を出てすぐ脇には横幅の広い大きな階段があった。
階段の中央部分は溝のある緩やかな坂になっており、
サイアスとデネブが通る際にも、台車を溝にはめて上下に
押し引く職人らしき姿が見受けられた。台車には鎖帷子や盾、
部分鎧などが所狭しと積み込まれ、各所へと運ばれていくようだった。
サイアスは自分の所用で恐ろしく時間を食ってしまったことを
デネブに詫びつつ、階段を下って開け放たれた大きな扉の前まで来た。
工房と敷地を共有しているためかこちらに歩哨の兵士はおらず、
扉の周囲には時折出撃する山積みの台車以外に
大した人影はないようだった。
サイアスとデネブは武器工房とはまた雰囲気の異なった、
どこかどっしりとした佇まいの防具工房の様子を眺めていた。
するとそこに、職人らしき男たちが
驚愕に目を剥き、唖然と口を開いたうえ、
手を伸ばし掴みかかるように近寄ってきた。
男たちは皆、デネブを食い入るように凝視しており、
サイアスはデネブをかばうように男たちの前へと進みでた。
「第四戦隊のサイアスです。
うちのデネブがどうかしましたか」
サイアスの口調は穏やかそのものだったが、
目つきや物腰はまるで穏やかではなかった。
背後に隠れるデネブが腰に吊るしていた
予備の剣の柄を左手で掴み、寄らば斬るといった
風情で剣気を整え待ち構えていた。
「お…… いや! いやいや! すまん、失礼した!
悪気はないんだ、本当だ、勘弁してくれ!!」
あと数歩で抜き打ちが届くといった距離まで
迫っていた男たちは、腰を抜かして平謝りに謝った。
「……」
サイアスはすぐに殺気を消したものの、
暫しの間、すっかり板についてしまったジト目で
男たちを見つめていた。だがそこへ、
奥から何者かが男衆の頭を次々に張り飛ばしながら
駆けてくるのを見て、やや勢いを削がれてしまった。
「この馬鹿チンども!
お呼び立てしたお客に何て失礼だい!
お前らあとで耐用試験の実験台にしてやるから!」
ロイエも真っ青の恐ろしい剣幕で、奥から現れた
大柄な女性が男衆を怒鳴りつけた。
「ひぃぃぃっ、お頭お許しを!」
男衆は必死で慈悲を希ったが、
「お頭って言うな! 工房長と呼びな!」
とさらに怒りを買ったようだった。
荒れ狂う工房長らしき女傑を前にして
サイアスはうかつに逆らわぬ方が良いと悟り、
デネブの剣から手を放した。




