表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
15/1317

サイアスの千日物語 二十六日目 その五

遥か彼方、進路に横たわる西の空。

最早天を仰がずとも見える位置に、陽はあった。

夕刻と日没の遠からぬ来訪は誰の目にも明らかで、

着実に忍び寄る夜陰の気配は後方から猛追する

異形らと同様、騎士たちの焦燥を煽っていた。



異形の眷属の群れは、いよいよ目視を以て

詳細が見える位置にまで迫っていた。

近づくにつれ、人より一回りは大きいこと、

筋肉が相当発達していること。そして思わず

目を背けたくなるほどに、人に似た顔を

していることが判ってきた。


異形の獣「できそこない」たちは目を血走らせ

顔を歪め口々に赤子の泣き声を発しながら、

しかし一定の距離を保ちだした。

どうやら輸送部隊に起きた陣容の変化を

訝しんでいるようだった。


隊長ラグナより本隊の指揮を預かった

女性騎士ヴァディスはこれを好機とみて

その命を預かる騎士たちに向かい、

流麗浪々と語りかけた。



「ヴァディスより戦況分析!

 後方からの敵影は18。騎馬の離脱により

 当方は15。うち戦闘対応可能な数は11。

 

 できそこないの標準戦力指数は3であり

 王立騎士は5。サイアスを除けば

 162対275の関係であり戦力差は10.6。

 

 機動力の格差や撤退戦であることを加味すれば

 ほぼ拮抗状態にある。よって策と武を駆使し

 怖じることなく戦えば十分撃退可能である!」



サイアスはヴァディスの語る流れるような

数字だらけの物言いに戸惑っていた。

これまでに一度も耳にしたことの無いものだった。


「但し敵は積荷だけでなく、

 人も馬も、餌として欲している。

 連中にくれてやるものは何一つ無い!

 各位、損害皆無を旨とされよ!」


「ハッ」


騎士たちはただ一言でそう応じ、

横列となった荷馬車で敵に備えた。

3台合わせて18名居た荷馬車の搭乗者。

そのうち4名は換え馬に騎乗し騎兵となって

ラグナに従っていた。


また残り14名中3名は荷馬車を操っていた。

敵勢に対し数的劣勢にあたる状況だが、

接する面が限られていることや積荷が山積みで

身動きが取り難かったこともあり、戦闘員数の

減少はむしろ迎撃向きの状況ともいえた。


ヴァディスはさらに声を発した。


「できそこないの主戦法は、

 脚力を活かした『体当たり』と

 発達した前肢による『薙ぎ払い』だ。

 いずれも生身には必殺の一撃であり

 特に前肢の鉤爪かぎづめは長く鋭い。

 甲冑の装甲でも二度は防げぬ。

 十分対応に注意されたい」


敵の特徴や戦法について、少なくとも

ヴァディスは熟知している。そして

逆に輸送部隊の他の騎士は熟知してはいない。

サイアスは説明からそのように感じ取った。



「サイアス。君は我々と違って

 甲冑を纏っていない。眷属の一撃は熾烈だ。

 生身で喰らえば一溜まりもない。城砦への

 積荷以外は何を使ってくれても構わない。

 適宜防備を整えてくれ」


サイアスの装備状況を見て取ったヴァディスは

そう告げて騎士らの予備装備群を指差した。


「有難う御座います」


サイアスはコクリと礼を述べると

側の騎士に招かれるようにして備品群へ向かった。




サイアスは全身をくまなく装甲で覆う騎士たちと

異なり、ガンビスンにホーズ手袋にブーツといった

防備を担うにまるで不十分な出で立ちであった。


ガンビスンは甲冑の下に着用する

いわゆる「鎧下」から派生した防具であり、

キルティングの施された生地に甲冑の装甲を固定

するための金具等が付いた、布鎧の一種であった。

一定の防御力を持つため単体使用されることも多く、

革を当て等の補強や色彩豊かな装飾が

追加されたものも多かった。


サイアスは備品の群れに顔を突っ込むようにして

ガサガサとまさぐり、騎兵用の肩当てと篭手

そして肘当てを得た。


肩当ては左腕用のみ、篭手と肘当ては右手分のみ。

どちらも甲冑用の追加装甲であり、右手側は帯剣の

籠状護拳との組み合わせで万全となる仕組みだ。

左はきっと騎士盾ヒーターと組み合わせれば万全になる

のだろう。だがサイアスに騎士盾は重きに過ぎ、

また盾を肩口からベルトで吊るし支えることと

なるため、伯父に鍛えられた回避技能を殺す

ことにもなり兼ねない。


既に用意して貰ったバックラーもあることなので、

取り急ぎこれら3品の組み合わせで良しとした。

試してみると小柄で華奢なサイアスには大きさが

まるで噛み合っておらず、側の騎士が手伝って

ギュウギュウと締め付けてもなお甘かった。


全体として取って付けた感は否めないが、

後方より追いすがり、荷台に立つサイアスを

狙った場合、敵の攻撃は必ず上半身に来る。

緩い分被弾した際装甲があっさり身代わりに

吹き飛んで、1撃分は余命が保たれるのだと

考えれば、それで上出来だろうと割り切った。




と、そのとき魔の眷属・できそこないの群れに

動きがあった。逡巡の末、騎馬の不在を好機として

強襲を仕掛ける気になったようだ。できそこないの

群れは一気に距離を詰めようと速度を増した。



「来るか! 牽制射用意!」



ヴァディスの声に積荷の上の騎士三名が応じた。



「中央先頭の一体を狙え! 放て!」



びょびょうと後方に千切れ飛ぶ弓弦の鳴り。

3矢は迫り来る敵の群れに吸い込まれていった。

群れはさっと左右に割れて3矢の殺到を回避したが

前方の固体が目隠しとなっていた中盤の1体が

1矢を受けた。


追い縋る中で逆風に乗って喰らう矢の破壊力は

異形の眷属にとっても甚大であるらしく、

矢の生えたできそこないは即死こそせぬものの

衝撃で体勢を崩し転倒、転がりつつ自損し

後方へ消えていった。



「撃破1、残り17! ネット!」



成果に些かの感慨も見せず

再び冷徹にヴァディスの命が飛んだ。


殺到する速度を殺すことなくさっと割れ

飛来する矢を無難に捌いた群れとしての

できそこないは、無垢なる赤子の泣き声で

邪悪の雄たけびを歌い上げつつ、

すっと元の一塊に戻った。


それは極自然な流れではあったが、

ヴァディスの意図する通りでもあった。



中央荷馬車の後方から、

数名がかりで何かが放り投げられた。

それはロープを編んだ粗い網の先に

複数の小さな鉄球を付けた投網であった。


投網は花開くように飛んでいき、

3体のできそこないを絡めとった。

絡まった3体はもがき、転倒し、

先ほどの一体と同様の末路を迎えた。



「撃破3、残り14! 牽制射、放て!」



できそこないの群れは一際甲高く鳴き声を張り上げ

再び左右の二つに割れた。放たれた3矢は全て

回避された。そして果たして騎士たちの攻め手を

学習したものか、或いは次なる策に移行したものか

定かではなかったが、此度は分かれた左右が再び

一つに戻らなかった。追いすがる二手のうち北側の

群れが馬車の後方右側へと移動し、

そのまま距離を詰めてきた。



できそこないの群れが新たに見せた

後方からの追走と馬車右側面からの圧迫。

果たしてそれは、先刻ヴァディスが観測し

予測してみせた通りの展開であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ