表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
149/1317

サイアスの千日物語 三十三日目 その二十三

「魔剣……」


サイアスはインクスの語ったその言葉を反芻していた。

第四戦隊の副長ベオルクが「魔剣使い」の異名で呼ばれている

ことは伝え聞いていたが、サイアスは

実際にベオルクが剣を振るうところを見たことが無かった。

そのため魔剣とは何かについて、うまく想像することができなかったのだ。


「ふむ、その様子だとまだ魔剣を『見た』ことが無いらしいな」


インクスはサイアスの思惑を察して言った。


「魔剣てのは文字通り、魔の剣だ。

 魔の宿った剣、というよりは、剣の形をした魔

 といった方が正しいかもしれねぇが」


「魔剣も元々はただの剣、ただの鋼の塊だ。

 打った俺が言うんだから間違いねぇよ。

 だがそいつで魔を殺すとな、どういう訳か剣が魔になる。

 ただの金物だった剣が、意志をもった生き物になっちまうんだ。

 理屈とかは俺に訊かんでくれよ? 俺は頭抱えてる側だからな」


そういってインクスは苦笑した。


「んで、だ。

 生き物となっちまった剣は、普通の剣の様には振るえないそうでな。

 まずもって言うことを聞かねぇから、鞘から出ようとすらしねぇんだと。

 その一方で生き物の命をすすってないとどうにも腹が減るらしくて、

 時折気まぐれにスルリと鞘から抜け出して、持ち主を操って

 手当り次第に斬りかかる。味方だろうとおかまいなしだぜ。

 そういうとんでもなく厄い代物を気合でねじ伏せ、

 屈服させて無理くり操ってるのがベオルクやローディスってわけだ。

 特にベオルクのヤツは今じゃすっかり魔剣に慕われちまって、

 固い主従関係で結ばれてるって話だ。だからあいつは

『魔剣の主』とも呼ばれるな」


「なるほど、そんな事が……」


「まぁアレだ。魔剣をお前ぇが実際に手にするかは、俺には判らん。

 なんせ魔剣を手に入れるってのは、魔を倒すってのと同義だからなぁ。

 ただ、可能性がある以上は、少なくとも魔剣たりえるブツを

 打たにゃならんということは判ったぜ。ますます気合も入るってもんだ」


インクスは満足げに頷いた。


「さっきの打ち込みでお前ぇのクセも求めてるモノも判ったぜ。

 採寸は済んでるし、あとは重さと重心くらいか」


そういうと一本の細身な鉄の棒を取り出した。

その棒の両端と中央には金属製の錘が付いており、

中央の錘はさらに細かく複数に分かれ、

棒上を目盛に合わせて動かせるようになっていた。


「片方の錘の上を握って、中央の錘を手の上まで下して、

 丁度錘と錘でこぶしを挟むようにしてみな。あぁ、そうだ。

 それで素振りしつつ、中央の錘の一番下のヤツ以外を上へ動かして

 固定しろ。んで一番しっくりくる位置を探してみろ。

 それで重量配分を決める」


サイアスは言われるままに錘の位置を調整し、調整しつつ剣を振った。

錘が手元に揃い過ぎていると軽くて振りやすいが切っ先に力がなく、

さりとてもう一端に寄り過ぎていると重くて振るどころではなくなった。

また突きと斬りでも勝手が違うため、両方に都合のいい配分を探るのも

なかなかに難しく、実際の加撃に用いる円運動や突きに用いる

腰を沈めての突進など、様々な要素を実演しだした。


デネブはその様を直立不動で見守っていた。

インクスは暫くして長引くと見て取り、既に還元済みの鋼の欠片を

剣の形に窪みを持った分厚い石版のその窪みに、

何かの液体を塗布して並べるように積んでいった。


インクスは窪みに合わせてびっちりと鋼の破片を積み上げた石板を

炉の中へと放り込み、配下に命じてふいごで加熱させた。

炉はさらにごうごうと音を立て、容赦なく空気を焦がしていた。

ややあってインクスは配下を制し、炉から石板を引き出した。

窪みにうず高く積まれていた鋼の断片はとろけんばかりに赤々と

光を放っており、インクスはその豪腕をおおいに振り回して

ガガガ、と鋼を高速で鎚を以って連打した。


見る間に熱された鋼の破片たちは板状に延びゆき、

溝からはみ出た分も強引に溝へと叩き落とされ、有無を言わせぬ勢いで

成形されていった。いまや欠片の集まりは棒とも板ともいえる

一つの塊に融合しており、あらゆる赤い鋼が強引すぎる腕っ節で溝に

ねじ込まれたところで、再び謎の液体が振り掛けられ、

じゅうじゅうと焼ける音を残して石板は再び炉へと戻された。


インクスはサイアスが素振りに熱中する間に数十回この作業を繰り返し、

繰り返すごとに赤く滾った鋼の塊は剣の姿を成し始めた。

やがて石板から取り外され、鋼の塊は金具で固定して炉へ突っ込まれた。

インクスは熱しては打ち、打っては熱しを黙々とひたすらに繰り返し、

ついに鋼は一振りの剣となった。


どれほどの時間が経った頃か、

サイアスが重心調整に満足のいく結果を得て、汗ばむ顔を満足気に

インクスへと向けた。その頃インクスは最後の仕上げにかかっていた。

既に何度打ち込まれたか判らぬほどに打ち鍛えられた剣は、

配下が押してきた大きな水槽にズブリと付けられ、

周囲に凄まじい蒸気が立ち上った。やがてインクスの手は蒸気の中から

一振りの銀の輝きを掴み上げた。急速に冷え固まった剣身には

水の波紋のごとき、大樹の年輪のごとき紋様が浮かび上がり、

炉の火とランプ、篝火を映して産声を上げるが如く輝いていた。


「ふむ、終わったか。こっちも丁度一仕事済んだとこだ」


インクスは剣身の輝きにみとれるサイアスに苦笑して言った。

サイアスはあわてて顔を引き締めた。


「まったくの即席で当てずっぽうではあるが、

 お前ぇの剣撃に合わせて一本打ってみたぞ。

 すぐに部下が仕上げるから、土産に持って帰るといい。

 本物が仕上がるには数ヶ月はかかる。

 暫くはこいつで様子を見てくれ」


インクスはサイアスの差し出す棒と引き換えに、

打ち終えたばかりの剣を差し出した。

サイアスは一礼して恭しく受け取るとひとしきり礼を述べ、

インクスに促され脇で待つインクスの配下に剣を手渡した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ