サイアスの千日物語 三十三日目 その二十二
サイアスはインクスから手渡された剣の調子を確かめた。
装飾の類は一切なく、鍔もなく、ただ剣身と、剣身の延長であり
一体である柄、柄に申し訳程度に巻かれた革、それだけの剣だった。
確か書で読んだ古式の剣がこの様式だったとサイアスは記憶していた。
適度な重みのその剣を手に、サイアスは軽く手首を回して
重心やバランスを確かめた。その剣にはまるでクセというものがなく、
言い換えれば振るう者の腕や特徴がそのまま反映される、
まさに試し武器というべき代物だった。
「……」
サイアスは剣を手に材質不明の謎の塊へと向き直った。
そして右足を引いて左構えとなり、
突き出した左腕に剣を乗せ、脇へと流して「弓の構え」を取った。
盾を持たない左手は、その掌を下へ向け、
揃えた四指と脇へ開いた親指との狭間に謎の塊の姿を捉えていた。
丸太なら斬り慣れた。眷属も何体か斬ってのけた。
だがこの奇妙な物体は果たして斬れるものかどうか。
大ヒルのようなヌラリとした光沢を持つ肩の高さ程の塊に対し、
サイアスはどうにも見当を付けかねた。だが、
「私は、武器は信仰のようなものだと思っている。
斬れると信じ抜けば斬れる。迷いがあれば斬れない。そういった風に」
と語った騎士ヴァンクインの言葉を思い出し、
サイアスは自らの迷いを断ち切った。
サイアスはやや腰を沈め、静かに意識を集中し始めた。
対象が何であろうと問題ではない。自分の内側の問題なのだ。
サイアスは自分にそう言い聞かせ、強く自らの心に訴えた。
斬れる。そして、斬る。と。
するすると身体が動き、間合いを詰め、
剣は半円を描いて頭上へと昇った。切っ先は天を突く位置で
その向きを変え、前方へ向かう新たな半円の軌道に備えた。
サイアスは裂帛の気合と共に謎の塊へと突進した。
高らかに掲げた剣は雷のように撃ち下ろされ、
その切っ先はドムン、という異質な音を上げて謎の塊へと吸い込まれた。
サイアスの一撃は材質不明の謎の塊を半ばまで斬り進み、そこで止まった。
ふと我に返ったが如く平静を取り戻したサイアスは
剣を引き抜こうとしたが、
「そいつはそのままにしといてくれ」
とインクスに声を掛けられ、柄から手を放して数歩下がった。
その手は加撃の反動に痺れ、震えていた。
「なるほどな…… そういう訳かい」
インクスは塊とそこから突き出た剣とをしげしげと眺め、何やら
器具を取り出して測定をはじめた。そしてやや離れた位置で
様子を窺うサイアスとデネブに語りかけた。
「俺は軍師ってわけじゃぁねぇけどな、こと武器の威力に
関しちゃ、何でか数字で判ることがある」
そう言ってインクスは謎の塊に炉から取り出した真っ赤な金属片を当てた。
塊はすぐにグニャリと形を歪め、ずるりと剣を吐き出した。
「この剣と塊はな、剣撃の威力の測定用にこさえた特別な代物だ。
膂力10の者が全力で打ち込みゃ、最大で10の威力が出るように
こさえてあるんだよ。この剣の場合、強度から言って
膂力と同値がいわば威力の最大値だと思ってくれりゃあええ。
お前ぇの膂力は13だと聞いてるから、今回の打ち込みでは
13辺りが出るだろうって目算だったわけだが」
インクスは丸い目をさらに丸くしてサイアスを見た。
「結果は30だ。お前ぇどういう腕をしてるんだよ」
インクスは肩を揺すって笑い始めた。
サイアスは返答に困り、デネブを見た。デネブは肩を竦めていた。
「加撃持ちだとも聞いてるから、
13に13足して最大で26は出るかもしれんがな。
残りの4はどっから来たっつー話だ。ま、推測は付くけどな」
そう言ってインクスは笑い、サイアスに向き直った。
「お前ぇ、剣に魔力が乗ってるんじゃねぇか」
「魔力……」
「あぁ、魔力だ。魔力っつーのは魔との親和性だ。
魔や眷属と出くわしたりぶっ殺したりしてるうちに
伸びてく数値なんだそうだ」
インクスはさらに語り続けた。
「剣に魔力が乗るっつーことはな、逆にいえば魔力を
持った剣を使えるっつーことでもある。つまりは」
インクスはニヤリとしてみせた。
「お前ぇ、魔剣使いの素質があるぜ」




