サイアスの千日物語 三十三日目 その二十一
詰め所の南側の扉を開けてベリルらと共にしばらく進み、
自らの居室の前に着いたサイアスは、ベリルとロイエに声をかけた。
「今はまだ無理に相部屋にする必要はないけれど、どうする?」
「相部屋にしましょ。いいでしょベリル」
ロイエの言にベリルが頷いた。
ベリルはすっかり疲れきっており、
またロイエにすっかり懐いているようだった。
「判った。ではデネブ、資料を運び込んでやってね」
デネブはサイアスに頷くと、ベリルと共に
サイアスの居室の向かいであるロイエの使っている部屋へ入っていった。
「訓練課程後、第四戦隊兵士としてのベリルには、
まずは自室での資料読み込みを主任務にして貰う。
ものになってきたら薬品の調合なんかもやりつつ、
徐々に任務に帯同することになるかな」
「平原だと衛生兵には手を出さないって暗黙の了解があるけど、
魔や眷属には通用しないのよね」
ロイエは呟くようにそう言い、サイアスは頷きで返した。
「しっかり守ってやらないとね」
「ま、あんたは自分の心配してなさい。
あんたが一番危ういわ」
ロイエは肩を竦めてそう言った。そうこうするうちデネブが戻り、
サイアスはデネブと倉庫へ向かうことにした。
「私、今日はあの子と一緒にいるわ。工房へ行くのは次の機会にする」
ロイエはサイアスにそう告げた。
「判った。デネブと行ってくるよ。ではまた明日に」
サイアスはそう言うと、デネブと来た道を戻りはじめた。
詰め所へと戻ったサイアスはデレクらに促され、
詰め所に隣接する倉庫へと入った。
サイアスの装備は木箱に入れて手前にまとめて置かれており、
デネブは武具の群れからどちらも細身の槍とグレイブを手にし、
さらに予備として片手剣を一本選びとった。
武器や防具以外の小物も追加で物色し、適宜補充し終えた後、
サイアスとデネブは一旦居室へとそれらを運び、営舎を出て
本城へと向かうことにした。
西口から本城へ入ったサイアスとデネブは中央指令塔へと東進した。
司令塔を越え、さらに少し進むと大規模な資材搬入用の通路が現れた。
サイアスとデネブは搬入路に沿って北上し、数分程で前方に大きな施設を
見て取った。施設の周囲は熱気と活気で溢れており、幾重もの壁の影響か、
中からはくぐもった金属音が響いてきた。やがて搬入路は城壁で遮られ、
手前左手に目当ての工房らしき施設の入り口が見えてきた。
サイアスとデネブはそちらへと近づいていった。
「おっ、サイアスか!? よく来たな、ここは工房だぜ」
サイアスに気付いた歩哨の兵士が工房奥へと大声を張り上げた。
「おやっさん! 例の客が来たぜっ!」
「おぅ! 入って貰え!」
奥からやはり馬鹿でかい野太い応えが返ってきた。
「見た目はアレだが気のいいおっさんだ。
ま、気楽に相手してやってくれ」
周囲が四六時中騒がしいせいか、いまいち音量の調節ができていない
歩哨の兵士はサイアスにそう言った。すると奥から野太い声が返ってきた。
「聞こえとるぞ! アレって何じゃ! お前オヤツ抜き!」
「ちょっ、酷いぞそれは!」
兵士は何やら狼狽していたが、サイアスは怒鳴りあいに巻き込まれて
耳がおかしくなる前に、とさっさと工房奥へ進みはじめた。
工房は丁度第三戦隊営舎一階の大広間程度の大きさがあり、
入り口から数本の通路が放射状に広がり、それぞれの通路脇には
多くの台や卓、機材が並び、並の兵士よりゴツい職人と思しき男衆が
武器を成型し研磨し調子を整えて完成させ、台や台車に積み上げていた。
通路の奥にはそれぞれ大規模な炉があり、炉の周辺にはふいごや鋳型、
台車に山積みの鉱石や金属塊といったものが散在していた。
炉からは熱気や煙が立ち昇り、それらは天井や壁に組み込まれた
通気口から吸い取られていた。
圧倒的な音と熱量と活気の前に、サイアスとデネブは
所在無げにキョロキョロ視線を泳がせていたが、北東へ向かう
やや太めの通路の奥から
「おぅ、こっちだ!」
と声を掛けられ、そちらへと進んでいった。
轟々と音を立てて燃え盛る炉を背景に、一人の巨漢が立っていた。
巨漢は上半身、特に腕部が異様に発達しており、並みの眷属なら
軽く絞め殺せそうな風体であった。ごつい両腕の間には
ややごつい胴体が挟まっており、その上には野太い首と
ひげまみれの顔が付いていた。顔の真ん中にある目は
妙にまるっこく、サイアスを食い入るように見つめていた。
「よく来たな。俺はインクスだ。工房長ってことになってる」
「第四戦隊のサイアスです。よろしくお願いします」
サイアスはインクスに敬礼した。
「ベオルクやら剣聖がわざわざ『為打ち』しろってんでな。
詳しく訊いたらあのライナスのせがれだって言うじゃねえか。
年がら年中ここに籠りっきりの俺でも、流石にどんなヤツか
気になっちまってなぁ。わざわざ手間かけてすまねぇな」
インクスはやや照れつつそう言って笑った。
「為打ち」とは鍛冶師当人の自由な裁量によってではなく
特定個人の為の特別な意匠を以て打つ作品または製作過程を指していた。
「問題ありません。お手数をおかけしています」
サイアスはインクスに頭を下げた。
「いやいや! お前ぇは何も気にせんでええぞ。
こっちゃこれが生き甲斐だからな。しかもあの偏屈極まるが
腕だけは史上異数な剣聖の意匠だ。滅多なことじゃあ、ありえねぇ。
まぁ歴史に残る逸品てのをこさえてやるから楽しみにしててくれ。
さて、折角こうして来てもらったんだ。剣がきっちり馴染むように、
腕の方を拝ませて貰おうか。そうだな、まずは……」
インクスは近場の棚から剣を摘み上げてサイアスに手渡し、
近場の台に固定された、サイアスの肩程までの高さのある
材質不明の大きな塊を指差した。
「そいつを斬ってみせてくれ」




