サイアスの千日物語 三十三日目 その二十
サイアスはロイエにベリルを任せると、食堂内を見渡した。
女子寮側の食堂には30名程の女性を中心とした補充兵と
数名の厨房関係者がおり、一様にサイアスたちの様子を窺っていた。
サイアスは一通りそれらの人々を見やったあと、
一息吸って声をあげた。
「私の声を聞く方々にお願いしたい。
今日はベリルの誕生日です。一緒に祝ってやってください。
厨房の方々、今食堂にいる全員に飲み物を一杯お願いします。
宜しければ厨房の方々にも乾杯に参加していただきたい」
厨房勢の対応は迅速だった。瞬く間に食堂にいた全員に茶やエール等
を満たした新たな杯が配られ、厨房の職員もまた杯を手にした。
サイアスは代価として勲功200を支払った。
「では…… ベリル、お誕生日おめでとう」
サイアスはそう言って杯を掲げた。そして
サイアスに続いて食堂の皆が杯を掲げ、ベリルへ賛辞を贈った。
ベリルはつぶらな瞳をめいっぱい開いて驚き、
やがて声をあげて泣き出した。
これまでひたすら堪えてきたものが、
堰を切ってあふれ出したかのようだった。
補充兵たちはあるいはもらい泣きしつつ、
あるいはにこやかな笑顔でベリルの様子を見守っていた。
「凄いねぇ…… こういうことを自然な流れでやっちゃうところが、
実にサイアスさんらしいというか」
ランドはしんみりとそう言った。
「うむ、さすが歌姫、きっちり泣かしにきよるばい。
不覚にもおいの目から宝石ば零れ落ちよったごたる」
シェドもまた素直に認めているらしき発言をした。
「どこの言葉よ……
それに、どこが宝石よ汚らわしい!」
ロイエはベリルを抱きしめ撫でてやりつつ、
泣き笑いの顔でそう言った。
「何よ! 俺の涙は真珠の大粒よ!?
そりゃあもう、『でもぉ、お高いんでしょう?』だぞ!?」
「それって結局、『何と驚きのこの安さ!』なんじゃないのかい……」
シェドの熱弁にランドが的確に水を指し、周囲からは笑い声が漏れた。
シェドは普段以上におどけて見せ、ベリルはそれを見て笑い出した。
シェドはシェドなりのやり方で、ベリルを励ましているようだった。
「っははは。なかなか素敵な晩餐会だったぜ。
んじゃそろそろ戻るかねぇ」
ラーズがそう言って立ち上がった。
それに合わせてサイアスたちも席を立ち、
食堂を出て第四戦隊の営舎へと引き上げることにした。
第四戦隊の営舎詰め所には、騎士デレクと数名の兵士が居た。
サイアスはデレクらに敬礼し、ベリルの件を報告した。
「3人目が決まりました。ベリルです。まだ若いですが
聡明で意志も強く、人並み以上に器用です」
「ほいよー。その件はお前に一任だから何でもいいぞー」
デレクは相変わらずの調子でそう答え、
「薬品やら治療やら関係の資料は
そこの棚にあるぞ。持ってっちまえー」
と付け足した。
「……もう見抜かれた」
サイアスは苦笑してそう言った。
「はは、甘い甘い。まー名案だと思うぞ」
デレクはそう言って楽しげに笑った。
「何、何の話? さっぱりワケわかんないわ……」
ロイエはデレクとサイアスのやりとりについていけず、
肩をすくめていた。
「治療兵とか衛生兵ってヤツだな。
資質的にはぴったりだぜ」
兵士と共に最前線に赴き、負傷した者に速やかに
適切な処置を施し得る治療技能を有した兵士を
城砦では治療兵または衛生兵と呼んでいた。
高い知力と精神力、そして十分な器用さが必要な
「役割」であった。
「応急処置は早いほどありがたいからなぁ。
先日の北往路の戦闘でも、二戦隊のヤツがいい仕事してた」
脇でやりとりを見ていた兵士たちが補足した。
当人の素行や言動はともかくとして、第二戦隊の偵察部隊で生き残った
兵士長アッシュは、その優れた手腕で部下3名の命を繋ぎ止め、
また第四戦隊の兵士をも応急処置で支援していた。
負傷後の治療や消毒といった処置は早いほど良く、迅速かつ的確であれば
場合によっては四肢欠損等の重症すらも快復させ得るため、
治療や再生加速処理を前線でおこなえる人材は
極めて貴重であったのだ。
「そーいうこと。そっちに専念してくれると
俺らも暴れやすいからなー」
デレクはそう言うと、
丁度確認の済んだらしい書類をサイアスに手渡した。
「先日壊れた装備の補充。倉庫に搬入してあるから
持ってってくれ。それとそっちの3名の分、
倉庫にあるのは好きに選んでいいぞー」
「了解しました。ベリルを部屋へ案内したら戻ってきます」
サイアスはそう言うと、棚から資料の山を引っこ抜き、
デネブに持たせてロイエらを伴い、居室の方へと引き揚げた。




