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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十三日目 その十九

「言いたくないことは話さなくていいのよ?

 気にしなくていいからね」


ロイエは少女に声をかけた。


「んだな。後ろ暗い自叙伝の在庫なんざ

 薪代わりに燃やしちまえ」


ラーズがぶっきらぼうにそう言った。


「あんたそれ励ましてんのか? 判りにくいぞ」


「どうだっていいだろ、エールがうまきゃ」


シェドの問いに、ラーズはエールをあおってにやりと笑った。


「あーあー、出来上がっちゃって…… 僕も貰おうかな」


ランドはそういうと茶をさげてエールを飲み、

すぐに酔って鼻歌を歌いだした。


「困った坊ちゃんだわ…… まぁ当人が楽しいならそれでいいけど」


ロイエは苦笑し、少女もそれをみてやや笑った。

そして何かが吹っ切れたのか、


「あの、サイアスさん!」


とサイアスに声をかけた。

一息付いてぼーっとしていたサイアスは不意を突かれ、


「はい? 何でしょう」


と真顔で答えた。アマリと名乗った少女は

その様子にやや尻込みしながらも、


「おねがいです! わたしも連れていってください!」


とサイアスに対して嘆願した。


「連れていく、とは」


サイアスは憶測を嫌い、予断を許さずそう問うた。


「部下にしてください!」


ロイエが、シェドが驚きに目を見張った。

ランドやラーズも無言で少女を見つめていた。

トリクティアの成人年齢にすら満たない、幼女と呼んでも

差し支えない年齢の少女が、精鋭揃いの特務部隊への入隊を

志願しているのだ。ロイエらの反応は当然といえば当然であった。


「非戦闘員として第四戦隊に来たいってこと?」


ロイエが理解の及ぶ範囲で気をまわしてそう問うた。

補充兵はその全てが各戦隊で戦闘任務にあたる兵士として採用される。

ただし第三戦隊兵士の一部のように、戦闘員ではあっても

実務上は城砦の運営に係る非戦闘任務を主体とする場合もあった。

第四戦隊にも、たとえば厨房長のように

戦闘員でありながら非戦闘職に専念する者がおり、そうした

形で入隊を志願しているのではないか、とロイエは思ったのだった。


「ち、違います、その…… 兵士として、戦いたいんです!」


少女は涙目になりつつも、再びはっきりと声をあげた。


「おぃおぃ、マジかよ……」


流石のラーズも絶句していた。少女は祈るような目でサイアスを見つめ、

サイアスは特に常と変らぬ態度で少女にたずねた。


「君、膂力はどうだった?」


「6、です…… 槍が持ちあがらなくて泣いてたら、

 オッピドゥスさんが来て、その…… 

 お前は6だな、記録をてつだえ、と……」


「お、おぅ。オッピやるじゃん……」


シェドは無礼極まりない発言をした。


「昨日の体力はどうだった?」


サイアスは平然と問うた。


「鎧をきたら動けなくなっちゃって、

 近くにいた兵士の人が中でまってろ、と……」


「人の好い兵士さんもいるもんだねぇ……」


ランドはどこか感心してそう呟いた。


「何か武器は使えるのかな」


サイアスは淡々と尋ねた。


「つ、使えません…… でも、なんでも練習します!」


「では何か特技はあるのかな」


「ないです。でも言われたらそれをおぼえます!」


少女は半ば叫ぶようにそう言った。

シェドやランドはバツが悪そうに茶をすすり、

周囲はいたたまれない空気になっていた。


ただサイアスとデネブだけは常と変らぬ態度だった。


「二、三確認したいことがある。まずは名前について。

 アマリ、とは本名ではない。そうだね」


サイアスは抑揚なくそう問うた。少女は静かに頷いた。


「何故偽名を?」


「それは…… 名前が、ない、からです……」


少女は俯いて辛そうに答えた。


「あー、それは俺から補足させて貰っとくぜ」


シェドが苦虫をかみつぶしたような顔でそう言った。


「フェルモリアの山間部にな…… 

 子供を売る村があるんだよ。兵士提供義務用にな」


ロイエが、ランドが顔をしかめた。ラーズはエールを流し込んでいた。


「親は端っから売り物のつもりでボコボコ産みやがるから、

 名前すら付けてやらないんだよ。

 んででかい施設で名前のないまま育てられ、

 ある程度たったら都会に売りにだす。ただ、

 売れゆきがいいのは兵士になりそうな丈夫なのだけだ。

 ひ弱なのとか貧相なのとかは売れ残って二束三文で投げ売りされる。

 そういうのを『余り』って呼ぶらしい……」


「買い取った連中も、

 かわいいわが子の身代わり程度にしか思ってないからな。

 いちいち名前もつけず、そのまま『余り』と呼び続けるらしい。

 んで時期がきたら補充兵として差し出すんだよ。胸糞の悪い話だがな」


少女の名乗ったアマリ、とは、つまり「余り」であったのだ。

使い物にならぬと投げ売りされ、処分品としてぞんざいに扱われ、

徴兵にあわせて投げ捨てるように送り出された存在。

それがこの少女であった。


サイアスたちの周囲で話に耳をそばだてていた他の補充兵たちも、

重苦しい空気にいたたまれない気持ちとなっていた。


「よくあること、で片づけたくはないけどな。

 実際そういうことなんだろうよ…… クソッ」


シェドは吐き捨てるように言うとエールをあおった。

少女はこうべを垂れ、物言わず床を見つめていた。


「もう一点聞かせてほしい。

 なぜ非戦闘員ではなく兵士になりたいのか」


周囲の空気をまるで意に介さず、サイアスは普段通りの口調で問うた。

少女は正体を知られたことで茫然としつつも、

それでもはっきりとこう言った。


「わたしは、見返したい。わたしを売った親を。

 わたしを余りと呼んだ商人を。わたしを余りとして飼い、

 補充兵として差し出した人たちを」


「だからわたしは強くなりたい。強くなって、つよく、なって……」


少女はその目いっぱいに涙を貯め、

それ以上言葉を紡ぐことができなくなった。

ロイエは少女を抱きしめ、頭を抱えて顔をうずめた。

周囲からはすすり泣く音も聞こえていた。



「退くんだ、ロイエンタール」


サイアスは立ち上がり、有無を言わせぬ口調でそう言い放った。

ロイエは目を真っ赤に腫らしつつ顔をあげたが、

サイアスの真剣な表情を見て黙って従った。


サイアスは無言で少女に歩みより、

少女は立ち上がってサイアスを見上げた。

涙をたたえたその瞳は淡い緑色をして、周囲の灯りを映し、

ゆらゆらと揺らめき輝いていた。


「ベリル。それが君の名だ」


サイアスは微かに目を細め、

瑠璃色の瞳に柔らかな光を宿し、そう言った。


「ベリルとは石の名だ。緑柱石とも言う。

 ベリル自体はただの緑色をした石に過ぎない。

 だが人はこれを削りだして磨き上げ、

 類まれなる輝きを放つ輝石へと変える。

 希望と幸運を司る、深緑色を湛えたエメラルドに」


「君はベリル。エメラルドの原石だ。

 今はまだ何者でもない、転がる路傍の小石に過ぎない。

 だが君は自由だ。望むなら何にだってなれるんだ。

 何になりたいと思ってもいいんだ。

 君が覚悟を持つのなら、私は君を歓迎する。

 君が自ら輝こうとする意志を持ち続けるならば、

 いつかきっと、君はエメラルドになる」


サイアスはそう言うと、少女に手を差し伸べた。

少女はサイアスを見つめ、しばし戸惑い

やがて決意してその手を伸ばし、サイアスの手を強く握りしめた。


「宜しく、ベリル」


サイアスはそう言ってベリルに微笑んだ。

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