サイアスの千日物語 三十三日目 その十八
担当官であるブークが去り、補佐の兵士たちが居残り組を
統率して無残な卵の後始末を開始した頃、
がやがやと第三戦隊の営舎へ引き上げ始めた補充兵の群れを
サイアスたちは少し離れた場所で見守っていた。
昼食時に話していた件への対応の一環だった。
するとそこへ、ランドとシェドがやってきた。
珍しいことに、今回はラーズも一緒だった。
「よーお前ら。飯行かね? 今日はなんだか豪勢らしいしな!」
シェドはブークに称賛されたことですこぶる上機嫌な様子だった。
「そうだねぇ。今日は珍しくシェドが活躍したし、
たまには祝ってやるのもいいかもしれないね」
ランドはにこやかな笑顔でそう言った。
「よぅ大将。相変わらずかっ飛ばしてるじゃねぇか。
騒ぐなら俺も混ぜてくんな」
ラーズは伝法な口調でそう言ってニヤリと笑った。
「そういえばサイアス。私たちの食事ってばどうなるの」
ロイエはサイアスに食事の扱いについて尋ねた。
「所属が第四戦隊だから、基本的に食事は第四戦隊の営舎だね。
ただ訓練課程中に限っては、こちらの食堂も一日2回まで
勲功消費無しで使えるそうだよ。要は一日4食タダで食べられる」
「おぉー、良いなそれ! 俺も食い倒れしてみてぇー」
「また僕に担がせる気かい? 流石に城砦内だと放置するよ?」
シェドとランドは相変わらずだった。
「へー、そうなんだ。
まあ私はお菓子があれば十分なんだけど」
「なんだよ猛獣なんだから肉食えよ肉」
「うっさいわね、あんたこそ害虫らしく残飯でも漁ってなさい!」
「はいはい、良いから静かにしようね…… っとその子は?」
シェドとロイエもまた相変わらずであった。
ランドはぎゃあぎゃあと騒ぐロイエたちの後方で、
笑いつつも所在無げにじっとこちらを窺っている少女へと、
サイアスたちの注意を促した。
「あ、あの! わたしも、ご一緒して、いいですか……」
少女はおっかなびっくり声を絞り出した。
「もちろんよ! 一緒にいきましょ。ねぇ貴方名前は?」
ロイエは即答し、少女に問うた。
「……えと、 ……アマリ、です……」
少女はためらいがちにそう答えた。
「……?」
サイアスは少女の様子に何やら不審を感じた。
「……」
シェドは暫し無言で少女を見つめ、
「ま、名前なんてどうだっていいじゃんよ。
さ、いこーぜ、勿論お前もな!」
そう言って一同に背を向け、手招きしつつ、
さっさと営舎へ向かって歩き出した。
サイアスは視線をデネブへと向けて意向を探った。
食事をしないデネブには、こうした会食は都合が悪いのではないか
と考えたからだ。だが、
(お邪魔でなければ一緒に行きます)
とデネブが書いて見せたので、小さく頷き、
共に食堂へ向かうことにした。
サイアス達は例によって、第三戦隊営舎広場の入り口から
向かって左手の女子寮側食堂へと向かった。食堂入り口では先行した
シェドが立っていた。女衆を何度も敵に回しているため、
一人で入るのが怖かったようだ。合流したサイアスたちは
食堂最奥の食卓を占拠し、運ばれてきた宮廷料理に舌鼓を打った。
横長の卓の片側にはアマリと名乗った少女にロイエ、サイアス
そしてデネブの4名が順にきちりと座り、
向かい側にシェド、ランド、ラーズの3名がでんと陣取っていた。
「さすがは歌姫。女子と並んで座っても
まったくもって違和感がないぜ……」
シェドは卵料理をガツガツと頬張りつつ唸るようにそう言い、
「っつうか一番女子力高そうに見えるこの不思議」
と早速ロイエに喧嘩を売った。
「食べるかしゃべるかどっちかにしなさいよ!
ちょっ、汚い! 飛ばすな! 飛ぶな! キモい!」
とロイエはシェドに説教しつつその存在を全否定していた。
少女はそんな様をみて、はにかみつつも楽しそうに笑っていた。
サイアスは騒ぎなど素知らぬ風で淡々と食事し、
デネブは運ばれてきた料理を卓の中央へと置き、
皆で分けるよう帳面に書いて伝えた。
ランドは時折料理について感想を述べつつ頷きながら
嬉しそうに食事をし、ラーズはただ黙々と卵料理を堪能していた。
ラーズとしては自分が騒ぎたいわけではなく、
喧噪を肴に食事をしたいという考えのようだった。
総じて賑やかに食事を楽しんだ一同は、
サイアスの驕りで茶と茶菓子を追加注文し、
先日取り置きした樽のエールとともに楽しんだ。
サイアスは代価として勲功60を支払った。
「おー、茶もエールも美味いぜ。驕りってのがまた最高だ」
「あんたねー、ちょっとは遠慮しなさいよ?」
と言いつつも、ロイエ自身は欠片の遠慮もなく茶と茶菓子を堪能していた。
サイアスはそのやりとりを欠片も意に介さず悠悠自適に茶をすすり、
ほぅ、と息をついてぼーっとしていた。
「そういえば貴方、アマリだっけ? 東じゃ珍しい名前だわ」
ロイエは自分の隣で茶菓子を頬張る少女に対し、
何気なくそのように声をかけた。
それを聞いて、少女は俯いて黙りこくってしまった。
「え? あれ、私何かマズいこと言った?」
ロイエはその様子に大いに慌てたが、
「あ、いえ! 大丈夫、です」
少女は恐縮してロイエをとりなした。
シェドはその様を無言で見つめていた。
「シェド? 君、何か知っているみたいだね?」
「ん? あぁ、まあ、な……」
シェドの返答は歯切れの悪いものだった。
そこはかとなく気まずい空気が流れ出していた。




