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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十三日目 その十七

扱うものがものだけに、そこかしこで高低様々の

悲鳴を上げつつ、なんとか補充兵たちは即時性の査定を完了した。

結果としてはほとんどが2から3となり、

4や5を出した者の総数は控えめであった。


サイアスの組の残りの3名は、全員が4という結果を出した。

もっとも不安視されていた甲冑姿のままのデネブは、

小手をつけたまま巧みに文字を書けるだけあって

抜群の力加減で卵を優しく捕らえ、4という結果を出してのけた。

ロイエは4、3、4と安定しており、件の少女も器用さにおいては

一流であると言えた。


5の数値を出した者は、サイアス以外ではラーズやシェド、他数名と

いったところだったが、なかでもシェドはその内容からして異質だった。

シェドは柄付きのザルの柄を持たず、網の部分を直に掌で包むように

して飛来する卵をヒョイヒョイと無造作に掴んでみせた。

その様には不正ではないかとの声も上がったが、


「道具をどのように用いるかは使い手次第。

 事前の約定をわずかも違えておらず、まるで問題はない」


とのブークの言により立ち消えとなった。

これを受けて数名がシェドを真似て網を手に握って卵を受けようとしたが

柄を持つよりむしろ難しく、派手に中身をぶちまけたり

なかには指を負傷する者もいた。


ともあれ全体としてはさほどの問題もなく査定が終了し、

三要素の合計で個々人の器用が数値化された。

サイアスの組においてはサイアスが14、ロイエが11、

デネブが10、少女が13。いずれも目標値の10以上を達成していた。

15以上を出したものは185名中7名おり、そのうち

最高値がラーズの18、次いでシェドの17となっていた。



「さて、数値も出そろったことだし、そろそろまとめに入るとしよう。

 今日は器用というものについて、

 精密性、再現性、即時性という三つの特性に着目して学んだ。

 一般に取りざたされる器用とはもっぱら精密性や再現性のことだが、

 荒野で戦う兵士にとって、器用とは動的な環境で機能する、

 即時性を伴ったものでなくてはならない、ということだ。

 器用は膂力や体力と違い、体格等による上限補正を持たない。

 鍛えれば鍛えるほど高まる能力だ。また器用は戦闘か非戦闘かを問わず、

 あらゆる行動の成功率に影響する。隙あらばこれを鍛え、

 諸君らの任務に活かしてもらいたい」


ブークはそう述べ、兵士たちに資材の片づけを命じた。


「それでは連絡事項だ。

 明日の午後は、体格を除いた最後の身的能力である

『敏捷』を扱う。城砦で最も敏捷に秀でているのは、

 第二戦隊長にして剣聖でもあるローディス殿だ。

 さらに明後日からは戦闘技能の講義に入る。

 初日は剣術。無論担当はローディス殿だ。

 つまり二日続けて剣聖の手ほどきを受けることになるわけだ。

 人の世たる平原には、実に多くの兵士や剣士を志す者がいるが、

 剣聖じきじきに二日も続けて指導を受けられるのは、

 当城砦の補充兵たる諸君だけだ。大変名誉なことでもある。

 楽しみにしていたまえ」


「そうそう、器用の査定で10に届かなかった者が60名ほど

 居るようだ。この者たちには広場一帯にまき散らされた卵の殻と

 中身の掃除を命じる。掃除で磨かれる器用もある。

 兵士の指示の下、腐らず鋭意励んでくれたまえ」


「さて、すっかり話が長くなってしまった。

 本当はまだまだ話して置きたいことがあるのだが、

 きりがないのであと一点だけにしておくよ。

 殺伐とした荒野での生活ではあるが、できれば諸君らには

 心に一滴の潤いを保ち続けて欲しいと願う。

 一服の茶でもいい。たまに菓子を食するのでもいい。

 自分に何か褒美をやって、時折心を潤してやりたまえ。

 気休めかもしれないが、生きることを楽しむ気持ちを失ってはいけない。

 私はそのように思っているのだ」


ブークはそう言うと、かすかに微笑んで補充兵を見渡した。

その目は旅立つ我が子を見守る親のごとき、哀しみと慈しみに満ちていた。

ややあってブークは再び声を発して告げた。


「それでは訓練課程三日目の講義を終了する」


補充兵185名は、誰に命じられるともなく、一斉にブークに敬礼した。

ブークはどこか寂しげな笑顔で頷くと、静かに営舎へと戻っていった。

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