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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十三日目 その十五

若干の緊急性を伴って進められた再現性の査定は

滞りなく終了し、茶をすするべく一服分の小休止がとられた。


サイアスの組における再現性はサイアスが5、ロイエが3、

デネブが3、少女が4という結果になり、茶は3杯配られた。

丁度デネブ以外に一杯ずつとなったため、サイアスはロイエと

少女に菓子を一つ食べるよう薦め、自身も一ついただくことにした。

ブークの言及した通り、菓子の甘さと茶の渋みは抜群の調和を見せ、

サイアスは思わず顔をほころばせ、ロイエは無言で夢中に堪能し、

少女は感極まって泣き出していた。年齢のせいもあるだろうが、

この少女はどうも涙脆いようだった。


補充兵たちの様子を目を細めて眺めつつ、

ブークは兵士たちに指示を出し、兵士たちは営舎へと消えていった。

ブークは玻璃の珠時計を取り出して時間を確認し、

サイアスもそれを見て自身の時計で時間を確認した。

時刻はまもなく四時になろうかというところだった。


「そろそろひと心地付いたろう。

 残りあと1項目、頑張ってくれたまえよ」


ブークはそう言い、補充兵たちの注意を集めて講義を再開した。


「最後は『即時性』について、だ。

 即時性というのは時宜に適っているかどうか、を意味する。

 つまり精密性や再現性を実践的な状況で適切に発揮し得るか、

 というのを確認していくことになる。


 『器用』とはいわば『道具のための道具』だ。

 そして道具とは使って初めて意味のあるものだ。

 これを用いる際には現実の様々な状況があるいは後押しし、

 あるいは阻害して成功率に影響を与える。こうした影響は

 もっぱら知力や精神といった心的能力の作用に基づくところが大きい」


「例えば地面に板を敷き、その上を渡れと言われれば、

 大抵の者は苦もなく実行してのけるだろう。だが底の見えぬ

 断崖に同じ板を渡し、さあ渡れと押し出された場合、大抵の者は

 尻込みしてしまうことだろう。全く同じ動作であっても、状況が

 異なればまるで成功率も異なってくるということだ」


「やや話が回りくどくなってしまったが、

 要は平時に器用だというだけでは、ここでは使い物にならないと

 いうことだ。圧迫感のある状況であっても、妨害されながらでも

 正確に動作をやってのけるだけの力量を有するか否かを

 これから確認することになる」


ブークの後方から、兵士たちが複数の台車を運んできた。

台車にはいくらかの木材や布、ザル、

大量の食品らしきものが積まれていた。


「もっとも、実戦的な状況で査定をするとなると、

 どうしても戦闘技能との干渉が問題になる。

 現段階では戦闘技能を保有していないものも多いため、

 例えば剣術技能を持たぬ者に飛来する矢を剣で落とす、

 といった査定方法を課すのは公正とは言えない。

 そこでまたしても、諸君を食べ物で釣ろうかと思う。

 確実に釣れるのは判明していることだしね」


ブークは薄く笑ってそう言うと、サイアスを手招きした。


「何度も済まないね。協力してやってほしい」


「仰せのままに」


サイアスはブークの下へと進んで敬礼し、兵士から奇妙な道具を渡された。

それは二の腕ほどの長さの棒に手のひら程の半球状の籠が付いた

調理器具のようなものだった。籠の部分は柔らかな太い糸で編んだ

網となっており、そこに何かを入れるのだろうと推測された。


ふとサイアスが脇をみると、

地面に丁度肩幅立ちできるほどの小さな板が置かれており、

板には左右の足型らしき図形が描かれていた。


「先に諸君に伝えておこう。今日の夕食は卵料理だそうだ。

 香料を効かせた肉や野菜を炒めて具材とし、

 これをふんだんな卵で閉じ包み、さらにコクのあるソースをかけた

 トリクティアの宮廷料理の一つさ。1食あたり

 卵を3個も使った随分立派なものになるそうだ。

 どうだ、楽しみではないかな」


ごくり、と生唾を飲む音が聞こえるようだった。


「この宮廷料理、とにかく卵が重要でね。

 これの有る無しで随分味わいが変わってしまうのだそうだ。

 そしてその夕食に使う卵が、そこの台車に積んである。

 ……もう見当がついたのではないかな」


ブークはやや肩を竦めて補充兵を見渡し、


「食べものの恨みは恐ろしいというからね。

 最後の査定に関しては連帯責任は無しとしておくよ。

 自己責任で取り組んでいただこう」


と述べ、サイアスに指示して肩幅の板の上に立たせた。


「まずはこの小さな板の上に、肩幅で立っていただく。

 この板は諸君の陣地だ。死守せねばならない。

 よって両の足を板からあげてはならない。

 うっかり上げたらその時点で失格だ。忘れないように」


「次に、板に立った者の正面から、教官役の兵士が卵を放り投げる。

 卵を諸君に当てることが目的ではない。必ず諸君の左右両脇の

 どちらかに投げられる。それを」


ブークはサイアスが持っているものと同じ道具を掲げ、補充兵に示した。


「この柄付きのザルで掬い取って貰う。武器が扱えぬでも

 これならなんとかなるだろうからね。籠の部分には多少の

 弾力性はあるが、待ち構えて受け止めるだけでは

 卵はまず、割れてしまうだろう。二つ目以降が入った際の

 衝撃にも要注意だよ。諸君らの動きの精密性が問われるわけだ。

 一応、受けるときは接すると同時に少し斜め後方へ引くと上手くいく。

 参考にしてくれたまえ」


「卵は5個、左右どちらかに放り投げられる。順番は無作為だ。

 諸君はこれを、足を動かさず身体を正面に向けたまま、

 柄付きのザルを使って受け止める。諸君の利き腕がどちらであれ、

 右脇に飛んできたものは右手を用いて、

 左脇に飛んできたものは左手を用いてザルを操り

 受け止めねばならない。再現性も問われるわけだ」


「前述の通り、宮廷料理には1食あたり卵を3個使用する。

 よって3個を無事に受け止めることができた者には、

 卵で包み、ソースをかけた正真正銘の宮廷料理が振舞われる。

 落としたりぶつけたりして割ってしまい、

 無事な卵が3個未満であった者には、ただの野菜炒めだ。悪しからず。

 ちなみに4個以上であった者には、おかわりを用意して貰えるよう

 約定を取り付けてあるぞ。鋭意励んでくれたまえ」


ブークはそう言って笑い、補充兵185名は複雑な緊張感で黙り込んだ。


「ではサイアス君、まずはお手本を宜しく頼むよ」


ブークの一言を受け、無数の視線が突き刺さる中

サイアスの即時性の査定が始まろうとしていた。

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