サイアスの千日物語 三十三日目 その十四
「さて、『再現性』に関する説明は最小限にしておこうか。
随分と急を要するようだからね」
ブークは苦笑しつつ説明を始めた。
「ここでいう再現性とは、反復性とは違うものだ。
同じ動作を繰り返し行う能力は勿論大事だが、今回
取り上げるのはいわば「ものまね」の技術さ。言われた通り、
見た通りを正確に再現してのける能力を再現性と呼んでいる。
試験を担う教官の動きを正確に再現できるかどうか。そして
もう一点は自身の利き腕の動きをもう一方で正確に再現できるか。
以上2点について確認することになる」
「荒野における戦闘の基本は、多対一での包囲もしくは挟撃だ。
数で勝り、地勢で勝ることを目指して動くことになる。
魔や眷属も同様の動きをしてくるため、場合によっては逆に
自分が多対一で追いつめられることもある。
その際、二正面以上から攻めくる敵にいちいち
武器を持ち替え向きを入れ替え、とやっていては間に合わないのでね。
左右どちらの腕でも均等に武器を扱えるようにしておきたい、
ということだ。実際にこれを活かせるかは『即時性』でみるとして、
まずは左右両利きの度合いを見せてもらおう」
ブークの言葉が途切れた頃合いにあわせて、
補佐の兵士たちが竪琴を5台運んできた。
その竪琴には弦がたった5本しかなく、それぞれの弦の付け根には
青、黄、緑、赤、白の色付きの金具がついていた。
「サイアス君、またお願いしたいのだが」
「了解しました」
ブークに声をかけられサイアスが歩み出た。
そして兵士に促され1台の竪琴の脇に立った。
「これより教官役の兵士が5本の弦を無作為な順で鳴らす。
諸君はそれを見聞きして、まず右手によって再現し、
次いで左手で繰り返す。右、左と粗漏なく弾けたら次へ進む。
鳴らす弦の数は回を重ねるごとに増やして最大5回行い、
失敗したらその時点で終了だ。5回達成で再現性を5とみなす。
そして4名の平均値分、組に対して茶を差し上げよう。
組の全員が飲みたいならば、平均4を出せということだな」
ブークは薄く笑ってそう言った。
「うがっ、割と酷いぞこれ! 連帯責任まで付いてるし!」
シェドの言にしたりとしてブークが答えた。
「ここは軍隊だ。隊内で命運を共にするのは至極当然。
いわんや茶をや、ということさ」
サイアスに対して兵士が声をかけ、準備を確認した。
サイアスは軽く会釈して答えとした。
「ではまずはお手本といこう」
ブークの言を受け、教官役の兵士がサイアスに頷き、竪琴を鳴らした。
赤、白、青、白、黄。兵士は等間隔で抑揚なく5拍で5音を鳴らした。
「……」
サイアスは一拍の後、5拍で5音、右手で弦を鳴らした。
赤、白、青、白、黄。そして一拍置いて左手で同様に鳴らした。
兵士の鳴らした音が鳥の鳴き声だとするならば、サイアスの音は
川のせせらぎのようだった。同じ楽器を同様に鳴らしても、
なおその音色には違いがあった。
「ふむ、奏楽の才もあるか。いやはや見事なものだ」
ブークは呟き、続きに耳をそばだてた。
教官役の兵士が爪弾く音にあわせ、サイアスが右手、左手と
淀みなく音を繰り返していく。二度目、三度目と音の数は増え、
五度目には21拍21音が連ねられた。
サイアスはそれを受けて右、左と難なく流し、
さらにこれまでの音の組み合わせで旋律をつくり、
6拍で21音、長短と抑揚をつけ右、左とかき鳴らした。
そして最後に両の手を同時に用いて5種以上の音を産み、
主旋律を基にした即興の一曲に仕上げ、奏でてみせた。
ブークや兵士はその音曲に聞き惚れ、補充兵たちはある者はうっとりと、
またある者は茫然とその音色に耳を傾けていた。
「おぉ…… ただのポロポロした音の羅列が、
甘く麗しい曲になっちまったぜ。すげーな歌姫」
「凄い凄い! 歌も合わせて聴きたかったねぇ。
って歌詞は即興じゃどうしようもないか」
シェドとランドが口々に感想を述べた。
「……うむ、素晴らしい。
いやはや、言葉の継ぎように困ってしまうな」
ブークは笑顔で何度も頷き、先導を務めた教官役の兵士が拍手した。
「これに続けというのも気の毒ではあるが……
音曲を奏でることが目的ではない。諸君は気負わず教官の動作の再現に
専念してくれたまえ。まずはサイアス君の組の3名だ」
ブークに促されてロイエたちが査定に入り、
次いで他の補充兵たちが粛々と竪琴鳴らしに取り組んだ。
結果大半の者が茶を手に入れ、足りぬ分は組の仲間で分け合って、
なんとか185名全員が喉を潤し、ことなきを得て一息ついた。




