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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十三日目 その十三

果実や砂糖をふんだんに用いた、

平原でもなかなか食する機会のない

高級菓子が惜しげもなく振舞われるとあって、

補充兵一同はそれはもう熱心に粛々と査定に取り組んだ。


人の動かし方を熟知しているという点において、

大国トリクティアの行政の中枢にいたブークに勝るものは

この城砦にはいなかった。自身の意思で真剣に取り組むことは、

能力の上昇をも助けることとなる。現時点の能力のみを見る、と

口では言いつつも実際は育成効果をも狙ったものであり、

ブークのしなやかな強かさが窺えた。


人数の割には短時間で査定が済み、ほどなく一通りの結果が出揃った。

個人単位での結果としては概ね2から3であり、組としての結果も

それに準ずるところとなっていた。ただし膂力の測定と異なり

高い数値を出した者の数が多めであり、5を出したものは

185名中20名を超えていた。


その20名にはサイアスの組の少女だけでなく、

シェドやラーズも含まれていた。どちらも圧巻の才能を発揮していた。


ラーズは机の前に立って暫し掌で果実を転がすと、おもむろに

片腕のみでぽんぽんと五つ積み重ねて終えた。まるで無造作な

その挙措に周囲の補充兵は唖然とし、ブークは楽しげに笑んでいた。


シェドはさらに常軌を逸していた。

台座の果実を平面を下に置くところまでは他の補充兵と変わらぬ

やり様だが、二つ目は曲面を下にして台座の果実と曲面同士をあわせ、

次の果実とは平面同士をあわせた。そのさらに次には盛り上がった

曲面同士を、次にはまた平面をあわせ、なんと台座以外は球状に

組み合わせつつ一つ余計に計6個を積み上げてみせたのだった。

これにはブークも目を丸くして、


「素晴らしい才能だ、シェド君。どうやらこの試験では

 君の才を測りきることはできないようだ」


と褒め讃えた。


「凄いね君…… ただウザいだけじゃなかったんだね」


「あらランドさん、もっと褒めてもよくってよ? 

 まぁ小っこい頃からカードやグラスで塔作って遊んでたからなー」


「へぇ…… フェル家ってのはさぞ名家なんだろうねぇ」


子供が塔を組み上げて遊べるほどの大量のガラスの杯を

所持する屋敷など、極少数に限られる。

少なくとも人口2000人程度の町の長であった

ロンデミオン家の屋敷には、来賓用の数杯があるのみだった。

ランドには自ずとフェル家なるものの家格が推測できた。


「うぇ!? 

 い、いやぁー、ロンデミオン家に言われたくないなー、ははは……

 そうそう、グラスじゃなくてお猪口だったかも!? 

 ううん、知らないけど絶対そう。ふへへ!」


「……」


「やめて! そんな目で私を見ないで!! いやぁ!」


「……食欲が失せるような発言は遠慮して欲しいなぁ」


ランドは溜息を付き、それ以上追求するのをとりやめた。



そうこうするうちに予備の台車が運ばれ、予定外に良い成果だった

全員分の菓子が行き渡り、ブークが補充兵の群れに声をかけた。


「お待たせしたね。数に個人差はあるが

 一通り全員に行き渡ったようだ。それでは堪能してくれたまえ」


その一声に待ってましたとばかりに歓声をあげ、

補充兵たちは手にした菓子を頬張った。


「うぉー、甘ぇー美味ぇー!」


シェドは大喜びでバクバクと菓子を食べた。

荒野と平原との区別なく、菓子は食事と同等か

それ以上の嗜好品だった。出自によっては生まれて初めて

食するという者もおり、方々で感動の声が沸き起こっていた。


シェドとランドは同じ組であり、シェドの活躍もあって

4個の菓子を得ており、二人ともあっという間に

4個すべてを食べ尽くしてしまった。



ブークや補佐の兵士たちはその様子を目を細めて見守っていた。

そして、補充兵の群れのやや脇に居るサイアスたちを見て苦笑した。

サイアス達は菓子に手をつけてはいなかったからだ。


「……」


サイアスは補充兵の群れを無言で見つめていた。

サイアスは褒美として得た菓子には手を付けようとはしなかった。

理由は二つあり、一つはデネブが悪目立ちしてしまうのを防ぐため。

食事も飲み物も取らないデネブが菓子を食べないのは明白で、

一人だけ食べていなければ不審に思われてしまうだろう、という

配慮だった。今一つはブークの「飴と鞭」という言葉だ。

この菓子は「飴」で間違いはないだろうが、そのあとに

鞭が控えているのなら、気を抜かずそちらに備えておきたい、

そういう考えであったのだ。


デネブはサイアスの気遣いに感謝しつつサイアスに合わせる風を取り、

ロイエはサイアスの様子を見て何かを察し、断腸の思いで菓子を我慢した。

件の少女はというと、生まれて初めて見るキラキラした菓子に委縮して、

食べたらきっと口が腫れるに違いない、と食べること自体を畏れていた。


ブークはサイアスらに苦笑し、次いで悪戯っぽく笑うと、


「さて、どうだろう諸君、味の方は。お気に召したかな」


と補充兵の群れへ向かって問いかけた。


「教官殿。大変おいしかったです! 最高っス!! 

 ただ、とても…… とても喉が渇きました!」


シェドが補充兵一同を代表してそう述べた。


「あぁ、そうだろうとも。塩分も糖分も相当量含まれているからね。

 甘い生菓子をそれだけ一気に食べたとあれば、

 当然茶の一杯も飲みたくなるというもの。

 菓子の甘さと茶の渋みがいい具合に組み合わさって

 実によい塩梅になるだろうからね」


「や、やべぇ……! 想像したら、喉が、喉がぁあああ!」


シェドはブークのセリフに触発され、菓子4つでたっぷりと

口中に残った甘ったるい粘度、及び水分不足に苦しみだした。

ランドや他の補充兵も同様で、良い成果を上げ多くの菓子を一気に

食べたものほど水分を切望しはじめた。


「おやおや、これは困ったことになったものだね。

 補給物資というものは、やはり計画的に消費しないといけない。

 良い教訓と考えたまえよ…… まぁ安心したまえ。

 当然、茶の用意もしてあるとも」


そういうとブークは兵士たちに頷き、兵士たちは複数の台車に

冷やした茶の入った大樽と杯を載せて戻ってきた。


「おぉお、さっすが~、教官殿は話がわかるッ!」


シェドは嬉しそうにそう叫び、

ブークが茶を快く茶を振舞ってくれるのを待ち望んだ。

が、ブークは悪戯っぽい笑みを浮かべるのみで、

一向に茶を振舞う気配を見せなかった。


「きょ、教官殿ぉ! 茶を、今すぐ茶を! ちゃっちゃと!」


シェドの魂の叫びをクスリと笑って受け流し、ブークは言った。


「では次に、「再現性」の査定に移ろうか。

 成果報酬はもちろん、茶だ。飲みたいならば頑張ることだ」

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