サイアスの千日物語 三十三日目 その十二
衆人環視の中、サイアスは机に向かい果実の具合を確かめた。
掌にすっぽり収まる程度の大きさをしたその果実は
艶やかでつるっとした硬い外殻に包まれており、
一方の側面は平面状で、もう一方の側面は歪な半球状に膨れていた。
滑りやすくまた崩れ易くもあるが、それでも
平面部を底にして置いた上に次の一個の平面部を置くやり方であれば、
一つ、二つは積み上げられそうに思われた。
「たまにはこういうのも良いだろう?」
ブークの問いにサイアスは苦笑し、
「そうですね。では、やってみます」
と告げ、まずは台座となる大き目の果実を選んだ。
次にやや大き目の果実を選んで重心を確かめたうえ、
台座の果実ごと両手で包み込むようにして位置を合わせ、
指先で微調整しつつ、ゆっくりと手を放した。
こうして一つ目、二つ目と無難に積み上げ、
さらに時間をかけつつ三つ目を積んだ。四つ目は息を殺し、
神経を集中させてやっと積み上げることに成功し、
五つ目を乗せて手を放したところで崩れてしまった。
脇で見ていた教官役の兵士が帳面に精密性4と記載した。
「サイアス君の結果は4。なかなかの出来栄えだ。
察しがつくと思うが、精密性、再現性、即時性それぞれ5段階で
測定し、合計して15までの範囲で能力値を査定しようというのが
今回の趣旨だ。器用値は高ければ高い程良い。
兵士としてはそう、最低10は欲しいところだ。
つまり最終結果が9以下の場合は居残りということだ」
「15を超えた者については、後程個別に査定して詳細を確認する。
器用が15以上のものは、弓の達人となり得る資質がある。
弓兵を目指してみるのも一興だよ」
「さて、査定は4人1組で行うと言った。手始めに
サイアス君の組となる残り3名にやってもらうとしようか」
ブークの言を受け、他の補充兵に先んじて、
ロイエとデネブが飛び出した。
「ふむ、確か君たち2名はサイアス君の配下に決まったのだったね。
では後に続くのが良いだろう。あと一人は……」
「わ、わたしでも、いいですか……」
一人の小柄な、女性というには幼すぎる少女が歩み出た。
背丈はサイアスの胸辺りまでであり、ランドの半分あるかないかだった。
「ほぅ、なかなかに勇敢な…… というか」
ブークは優しげに、しかし鋭い目つきでその少女に問いかけた。
「トリクティアにおける補充兵の下限年齢は
成人年齢と同値と記憶しているが、果たして君はおいくつかな」
「せ、成人年齢とおなじ、です……」
少女はうつむきがちに答えた。
「では15歳ということかな?」
「は、はい…… いえ! ち、違います! 14歳です!」
少女は泣き出しそうな顔で、しかしはっきりと答えた。
「ふむ、その通り。トリクティアの成人年齢は14歳で正解だ。
……その記憶力に免じて、君の本当の年齢は不問としておこう」
ブークはため息をついて首を振った。
年端も行かぬ少年少女が年齢を偽ってつれて来られる例は
枚挙に暇がない。兵士提供義務という無理を通している以上、
城砦側がこれを表立って非難するのは難しいところであった。
そもそも追い返したところで、ロクな結末に至らないのは自明であった。
ブークは少女の存在を容認し、少女は安堵で小さく息をついた。
「サイアス君。流石に忍びないのでね。
今回は君と同じ組にしてやってくれたまえ」
「問題ありません、閣下」
サイアスはそう答え、少女に頷いてみせた。少女は嬉しそうに
ロイエやデネブの後ろに続き、机の前へと辿り着いた。
「では3名とも、査定開始だ」
ロイエら3名は果実の積み上げに取りかかり、
ロイエが4、デネブが3との結果を出した。
少女はなんと5つ全てを積み上げてのけた。
「ほほう、これは見事なものだ。
意外に拾いものかもしれないよ、サイアス君」
ブークは腕組みしつつ右手を顎へやり、やや微笑んでそう言った。
少女は先刻の泣き顔はどこへやら、にへらと笑みを浮かべていた。
「そうですね」
サイアスもまた微笑んだ。
ロイエが少女の頭に手をのばし、優しく頭を撫でてやっていた。
「さて、4、4、3、5か。平均値は4だ。
一人4つずつ菓子を受け取るといい。ただし
全体が査定を終えるまで、口にするのは待ってやってくれたまえ」
兵士が大量に積まれた菓子を四つずつ、サイアス達に配った。
サイアス達はそれを受け取ると脇へと下がった。
「では残りの諸君も4名1組となり、
順にそれぞれの机へと進んで査定を受けてくれたまえ」
ブークの言に従って、補充兵全体に対して
器用の三要素の一つ、精密性の査定が開始された。




