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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十三日目 その十一

時刻は午後の一時半。

訓練課程三日目午後の部の開始時刻となっていた。

第三戦隊営舎前には、既に補充兵185名が集結していた。

当初200余名いた補充兵は着実にその数を減らし、減らした分

個々の質は着実に高まっているようだった。

城砦側としては、常なら150名を100名に絞って起用していたため

3日目にして15名の減少は、概ね予測の範囲内と言えた。

そのため当の補充兵や一部の者を除き、この減少を

特別注視するものはいなかった。


「ふむ、既に集合を終えているようだ。結構、結構」


5名程の供回りとともに現れた第三戦隊長クラニール・ブークは

補充兵を見渡し一瞥で人数を把握して、満足気にそう言った。


「185名、か。既にいくばくかの補充兵が命を落としたと聞いている。

 哀しいことではあるが、ここではごく日常的な事象でもある。

 生き残った諸君においては、どうか気を落とさず、気を抜くことなく

 頑張って頂きたい。明日は我が身という言葉があるが、

 ここ荒野では、気を抜けばその明日すら来ないのだから」


ブークはやや陰りのある表情でそう語った。怒鳴ったり睨んだりする

より遥かに効果のある脅しを受け、補充兵たちは一様に緊張した。


「それでは時間だ。本日の実技講習を始めるとしようか。

 こんにちは、諸君。改めて挨拶を。

 第三戦隊を預かるクラニール・ブークだ。

 この訓練課程全体の管理監督も担当している。どうか宜しく」


ブークは笑顔で補充兵を見渡し、一つ頷いて話を続けた。


「昨日の午後の講義では、かなり厳しい展開となっていたようだ。

 今日の講義ではそういった危険はないので安心してほしい。

 ただやはり訓練に飴と鞭は必要だ。それなりの趣向は用意させて貰った。

 是非とも楽しみにしていてくれたまえ」


「うわ…… 実に良い笑顔で死刑宣告された気分だぜ……」


「穏やかな分効くねぇこれは」


シェドとランドが早速呟いた。

ブークはその呟きに余裕の笑顔を向けつつ、


「やぁ、君たちは実に息が合っているようだ。

 シェド君だったかな? 眷族にも私にも、

 死んだふりは通用しないぞ? 注意したまえよ」


と述べ、補充兵一同はどっと笑った。


「ひぃっ! 広まってるぅっ!?」


シェドは激しく動揺し、一同は益々大笑いした。

ややあってブークが手をあげこれを制し、


「まぁ笑いを提供するのも大事な役目だ。

 シェド君はそちら方面で活躍するのも悪くないかもな。

 ともあれ今日の講義だ。今日は『器用』について

 解説及び実技査定を行うことになる」


と講義を開始した。


「『器用』や器用さといった概念は、格別戦闘に特化したものではない。

 諸君が日常的に用いているのとほぼ同様の意味だと捉えていい。

 その効能についても概ね同様だ。もっとも、その意味合いを漠然としか

 知らないのでは、学ぶ意味も薄れてしまう。ここでは城砦において、

 さらに言えば軍師が判ずるところの『器用』というものについて、

 一度説明させてもらうとしよう」


「器用には様々の側面があるが、城砦で我々が重視するのは以下の

 三点だ。一つは精密性、一つは再現性、一つは即時性。

 一つずつ見ていこうか。まずは精密性についてだ。

 精密性とは、自らの意図を細部に至るまで粗漏なく正確に

 現実の動作として現出せしめる能力のことだ。

 手足の動きは言うに及ばず、指一本、関節の一つに至るまで

 神経の行き届いた動きを行うことで、全体として

 思い通りの挙動を成し得るかどうか。


 これがいかに重要かは、これまで物作りに携わったことがあれば

 実感して貰えるのではないかな。単純な作業一つをとっても、

 器用度の違いで仕上がりはまるで変わってくる。

 

 判りやすいのは料理だろう。

 舌がとろける程の絶品となるか、ごくありふれた品となるか、

 はたまた一口で魔をも殺す大量破壊兵器となるかは

 ひとえにその技術動作の精密さにかかっているといっていい。

 味だけでなく盛り付けにおける細やかな気配りも、

 器用の一要素として料理の評価に大きく貢献するだろう。 


 見ようによっては、荒野における戦闘も料理だよ。

 相手をいかに刻み捌き、つぶして仕上げるか。

 人魔の戦いは、常に喰うかか喰われるかさ。

 我々は直接口にはしないがね。

 

 例えば剣で言えば刃筋の正確さ。

 刃と言うのは切断面に対して垂直に当てねば満足には切れない。

 動かずものいわぬ料理用の肉であっても、正確に手早く切るのは難しい。

 まして戦場で生死をかけて全力で動き回る相手に対し、

 正確に刃筋を立てて切ってのけるのは、

 並大抵の難度ではないと言える」


「さて精密性については理解して貰えただろうか。

 できれば諸君の精密性を高めるべく様々な訓練を行いたいところだが、

 本講義の趣旨はそれではない。現時点でどの程度備わっているか

 それのみを重要視している。

 そこで今から、諸君の『器用』の三要素の一つ

 精密性について試験形式で確かめていこうと思う。 

 ……サイアス君。手伝って貰えるかな?」


「御意に」


サイアスはブークの前に歩みでて敬礼した。


「うむ。宜しく頼むよ。では準備しよう」


そう言うとブークは脇に控えていた兵士に頷いた。

5名のうち4名の兵士は営舎から運んできた横長の机を四つ、

やや離してならべ、それぞれの上に掌に収まる程度の

何やら丸いものを大量に置いた。


「これから諸君にやってもらうのは、机の上に置かれた 

 不揃いな半球状の果実を縦に積み上げる作業だ。机は平らだが

 果実は不揃いな上、重心も不安定なものばかりだ。

 これを縦に5つ積み上げ、計6段の搭とするのを目標とする。

 積み上げた数に応じて0から5まで数値を付け、崩れたら

 その一つ手前の数値を採用する。


 ちなみにこの果実、城砦では煮たり茹でたり

 潰して漉したりして、さっぱりとしてそれでいて

 しっかりとした甘味のある、とある菓子の材料にしているのだ。

 とても茶と合う良いものだよ」


 ブークは一旦言葉を止め、補充兵のいくらかは

 固唾を飲んで続きを待った。


 「さて…… 本日これから行う査定において、

 我が第三戦隊は、諸君が積み上げに成功した数に対し、

 同数の菓子を諸君の各々に進呈するつもりだ。

 具体的には4名1組となって査定を行い、個々の値を測るとともに

 4名の平均値分の菓子を、その組の全員にその場で差し上げよう。

 是非諸君の本気を見せてほしい」



ブークはそう言うと兵士の一人に目配せした。

兵士は敬礼すると営舎へと向かい、すぐに台車を押して戻ってきた。

台車には綺麗に並べられた黄金色の菓子が、仄かな香りとともに

びっしりと山積みされていた。それを目の当たりにした

補充兵の群れからは、おぉ、とどよめきが沸き起こり、

補充兵の、特に女性陣の目の色が変わった。

周囲の空気が一気に緊張感を帯びた。


「ではサイアス君。まずは手本を」


ブークに促され、補充兵の群れからの異様に熱い視線を浴びながら、

サイアスは果実の積み上げに挑戦することになった。

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