サイアスの千日物語 三十三日目 その十
「なるほどねー。50人も多かったんだ……」
ロイエはサイアスから聞かされた話について、
何やら思案している風だった。
「まぁ誰だって、自分が得なときは黙ってるものよ。
逆だとそりゃあ大騒ぎするけどね」
「確かにね。ここは消費が激しい分特に。でも
流石に150のところ200も来たら、おかしいと
思ったりはしないものだろうか」
サイアスはロイエに問うた。
「おかしいどころじゃないわよ。
平原ならまず『埋伏の計』を疑うわ」
埋伏の計とは手勢を敵方に忍ばせて、様々な形で
敵に害をなさしめ味方に益とする策略のことだ。
こうした詭計は、いまだ人同士の争いが盛んな
東方諸国ではけして珍しいものではなかった。
「だがここは荒野。人魔の戦いの最前線だ。
ここに埋伏を仕掛ければ連合軍どころか
人類全体を敵にまわすことになる」
「そうなのよね…… そもそも埋伏の最終目標は自分の利益よ。
城砦に喧嘩売って誰が得するんだって話だし……
ここはむしろ、逆の線もあるかもしれないわ」
「……逆、とは?」
「城砦に害なすためじゃなくって、平原に害なすためってこと」
「ふむ? 具体的に、どんな?」
「そこはあんたが考えなさいよ。なんでも頼るんじゃないの!」
サイアスはやや顔をしかめたが、
ロイエの言い分も、もっともといえばもっともであった。
サイアスとロイエが暫し沈黙する中、デネブが何やら帳面に書き込んだ。
(城砦や平原にではなく、増えた50名にとって益があるのかも)
帳面にはそう記されていた。
「ほぅほぅ、成程…… まったく読めないわ!
ねぇなんて書いてあるの」
サイアスはロイエの言を受け口頭で説明した。
「増えた50名当人たちにとって益があるのかも、と」
「ふぅん…… すると例えば」
ロイエは何やら思案し、先を取ってサイアスが口を開いた。
「ほとぼり冷まし、かな」
「あっ、ずるい! 私が言おうと思ったのに」
「はいはい、凄い凄い」
サイアスは苦笑しつつ、憤慨するロイエを適当にあしらった。
サイアスはデネブがロイエとは反対の側にいたことを
失念していた。そのためあっさりと捕まってしまい、
蛇に巻き付かれた兎のようにギリギリと締め上げられてしまった。
「痛いんだけど…… 剥がれてくれない?」
「そうねぇ。命が惜しくば出すもん出しなさい!」
「あぁ…… 傭兵と追剥ぎは大差ないって、こういう……」
「あらあら、お仕置きが足りないようね……」
ロイエはニヤリと笑い、おもむろにサイアスをくすぐり始めた。
「待った! 判った判った。冷菓追加で……」
「さし許してつかわす。ほっほっほ」
サイアスはデネブに冷蔵箱から新たな冷菓を一つ出してきてもらい、
人質交換の体でロイエの締め付けとくすぐりから解放された。
サイアスは暫くぶつぶつ呻きつつぐったりしていたが、
やがて気を取り直して話を戻した。
「平原で今みたいな悪事を働いた輩が遺族や国家から
命を狙われる羽目になって、追っ手を避けるべく荒野へと
逃げ込んだ、とかはないだろうか。それで時間が経って
ほとぼりが冷めるのを待つか、いっそ戦死したことにして
こっそり平原へと戻る、とか?」
「できるの? そんなこと」
ロイエがサイアスに問うた。
「期限付きの入砦者なら、あるいは。王侯貴族が駐留騎士団のように
任期付きで入ることはあるみたいだね。
騎士団長や第三戦隊長はそうだったとか。
二人ともすっかり馴染んで居座ってしまったみたいだけれど」
「それって補充兵扱いなの?」
「どうだろう…… そこらは確認しておくとして、
なんとなくそれっぽい、うさんくさい連中、補充兵の中に
いなかっただろうか」
「んー、傭兵とか志願兵って癖のある連中が多いのよねー元々。
あ、私以外って話だけどね」
「はいはい……」
「そういえば。一人やけに身なりのいい男が居たわね。
しかも取り巻きが付いてたような」
「それは派手なケープをまとったヤツじゃないかな」
「そうそう。ってことはあんたも当たりは付けてたわけね」
「取り巻きの武装が皆同じだったし、傭兵団か何かかと思っていた」
「傭兵団はお揃いの装備なんてしないわよ!
みんな自前で用意した納得のいく装備しか使わないもの」
「すると、傭兵団というよりはどこかの正規兵と見たほうがいいのかな」
「方々からかき集めたワタリガラスに、識別票代わりに
お揃いの装備を支給したって線も、あるにはあるわね」
「なるほど…… っとそろそろ一時か。移動しないといけないね」
サイアスたちは午後の訓練に備え、一旦この場を切り上げることにした。




