サイアスの千日物語 三十三日目 その八
「うげぇ…… 重たくてどうにも無視できん話を
ああも大量にねじ込んでくるとは、鬼かあの教官……」
徐々に人の減り出した会議室で、
シェドが机に突っ伏して呻いていた。
「結構一般に知られてない話もあったねぇ……
『退魔の楔』とか『血の宴』とか」
ランドが資料を見直しつつ言った。
「そうだよな。
俺なんか年に一回徴兵がある程度にしか
知らされずに今まで生きてきたしな……」
連合に所属する国家群では年に一度、それぞれ
時期をずらして兵士提供義務を履行する。
そうして集められた補充兵たちの城砦への
輸送はおよそ1、2ヶ月に一度となっていた。
荒野において概ね数百日に一度の頻度で今もなお
発生する、魔や眷属による城砦への侵攻、すなわち
「宴」の際に最大数を保てるよう、配慮されていた。
「個人的には水の文明圏の話に興味が湧いたねぇ。
文学や芸術関係でよく名前がでてくるから。総じて
内容の濃い、いい講義だったんじゃないかなー」
第一会議室を出てすぐ脇の大広間へと向かい、
一階部分へと降りる大きな階段の踊り場付近で足を止め、
シェドとランドはさらに話し込んでいた。
「余裕だなあんた……
俺は兵制で数字やら階級やらが山盛りになった辺りで、
苦痛からの一刻も早い解放を切に望んだわ」
「あぁ…… そこらはここに来ることになったときに調べてたから」
「マジでぇ…… あんた前向き過ぎるだろ」
シェドはランドの発言に顔をしかめた。
「情けない男ねー。
そんなんじゃ嫁の一人も来ないわよ」
同じく踊り場付近でサイアスを待っていたロイエは、
シェドに対して単刀直入な感想を漏らした。
「う、うううるさいわ!
お前だってチンプンカンプンだったんだろ、どうせ!」
シェドは周囲がいぶかしむ程動揺し、その後
ロイエに食って掛かったが、ロイエは蔑みの目で
シェドを見下しつつ、
「バカじゃないの?
ああいうのはとりあえずフンフン頷いて
資料だけ貰っとけばそれで良いのよ。
どうせ資料に全部書いてあるんだから
今理解する必要なんてこれっぽっちもないわ。
困ったらそのとき読んで確認すればいいのよ」
と、腰に手を当てドヤ顔で言い放った。
「お、おぅ…… せやな……」
シェドは感心とも呆れともつかぬ顔を浮かべつつ、
ロイエの脇でソワソワとサイアスを待っているデネブを見やった。
「んーとデネブ、だっけ? お前はさっきの講義とかどうなんだよ」
不意にシェドから問いかけられ、しばし硬直していたものの、
デネブはややモタモタと小手を動かして共通語で返事をしたためた。
(しってた)
「知ってた、て。 ……うぅむ。 ……お前、一体何者だ?
ちょっとそのごっつい兜取って、お兄さんに顔見してみ?
よぉしついでに全部脱いじゃうか? ほれほれ、怖くないから」
デネブはガチャリと鎧を鳴らして全身で全面的な拒否感を示し、
(きもちわるい)
と帳面に書いてロイエの背後に隠れた。
「ちょっと! 何てこと言うのよこの変態!
嫌がってるじゃないの! このクズ! 最低!!」
ロイエはデネブをかばいつつシェドに怒鳴りつけた。
折りしも階段へは他の会議室で座学を終えた補充兵たちが
続々と一階目指して降りてきていた。そして一部始終を
補充兵のほぼ全てが目にすることとなり、その結果少なくとも
女性補充兵の全てがシェドの敵にまわった。
女性の補充兵たちは踊り場を通りすがりざま、口々に
死ね、キモい死ね、最低まじ死ね、いつまで生きてる死ね、
等々シェドへの感想をきっちり当人に聞こえるように述べた。
数十人の女性から罵倒されたシェドは死んだ魚のような目になって、
脇で我関せずを決め込んでいたランドを見やった。
「あ、こっち見ないで。仲間と思われるから……」
ランドはそう言ってススっとシェドから離れようとしたが、
「何てこと言うんだよ! ともだちやんかぁー!」
と叫んでシェドはランドにまとわりついた。
ランドの敏捷ではシェドを振り払うことはできないようだった。
ランドは顔をしかめつつ、へばりつくシェドを引きずりながら、
「剥がれないなこれ…… 食堂へ行ってるねー。
女性の多い方へ。きっとトドメ刺してくれるだろうから……」
と言い残して階段を下りて右手、
女性宿舎側の食堂へと入っていった。




