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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
133/1317

サイアスの千日物語 三十三日目 その七

「さて、時間となりましたので

 本日の座学はここまでとします。

 明日は騎士と軍師、そして戦力指数と

 魔や眷属についてです」


寸分の狂い無く予定時刻に講義を終え、

サイアスに視線を向けて頷いた後

軍師ルジヌは会議室を後にした。

付いてこいという意味だろう。そう判断した

サイアスは席を立ちルジヌの後を追った。

サイアスとルジヌは合流後、

補充兵の立ち入りが禁止されている

三階へと向かい、手近な空き室へと入った。



「お待たせしましたサイアスさん。

 お話をどうぞ」


講義と変わらぬ謹厳な態度のルジヌ。



「ありがとう御座います、お疲れのところ恐縮です。

 実は今期の補充兵について、二三、気になることが

 あるのです。一つは員数の多さについてです。

 予定よりも50名程多いようですが、

 何か事情のあることなのでしょうか」


「ふむ、よく御存知で……

 確かに当初予定されていた補充兵は

 150名。ですが実際は200名来ましたね。


 兵士提供義務の実態についてお話しますと

 補充兵の提供は概ね1から2朔望月に一度。

 一度あたりの員数は概ね100から200です。


 数値に幅があるのは戦況次第なためです。

 例えば宴で大幅な損耗が発生した直後などは

 1朔望月内に数百名を複数回、なども有り得ます。


 要は元来、多分に流動的な側面を有するという

 ことです。そうした観点からいえば50名多い

 事を大きく問題視する向きは少ないかも知れません。

 


 もっとも今回に限って言えば……

 集積所アウクシリウムから出立前日に

 通達された員数が150となっていました。


 ところがいざ着いてみれば50名増です。

 数名程度であれば出立までの半日間に志願兵の

 飛び入りがあったのだとも考えられますが、

 流石に中隊規模の員数増加は前例がありません。

 

 一度アウクシリウムを発ったなら

 輸送中に遭遇戦で目減りすることはあっても

 増えるということは有り得ぬと断言できます。

 荒野は人の住まいではないのですから。

 

 よって本事案はアウクシリウムにて。

 前日の通達から実際の出立までの半日間に

 発生したものだとみて間違いないでしょう。


 であれば当然の事ながら。

 兵士提供義務を監督する西方諸国連合軍が。

 少なくとも実の輸送任務を担当している今期の

 駐留騎士団、トリクティア正規軍機動大隊が

 この件につき知らぬはずは有りません。


 ですが現状、その機動大隊からは本件につき

 何ら有意な報告を受理してはおりません。

 補充兵を引き取る第三戦隊の現場からも、


『改めて、数えてみたら多かった』

 とのみ、聞いております。


 ただ、陸の孤島である当城砦にとり、平原

 からの物資・人員の補充は常に少しでも多い

 方が嬉しいという、絶対の前提があります。


 要はそもそも我々は、補充の多寡を問い質せる

 ような立場ではないのです。そうした事情も

 あり、本件につき表立てて気にかける向きは

 見当たりませんでした。


 ……第四戦隊では特務対象のようですが」



ルジヌはサイアスの問いが彼の担う特務の核心

である事を。ひいては第四戦隊副長ベオルクの

意向である旨を、実にあっさり看破した。


その上でサイアス複数の事実を

提供あるいは示唆していた。


すなわち員数増の件を既に把握していること。

そして参謀部は、少なくともルジヌ自身は

調査の対象足りえるとみている事。


さらにはルジヌが個人として、アウクシリウムや

トリクティア機動大隊に対し独自の情報源を

有している事、などなどだ。流石に腹芸で

サイアス風情の敵う相手ではなかった。



「ベオルク様は補充兵の多さについて

『基本的に歓迎だ』と仰っていました。ただ同時に

『大幅に予定と合わぬのは、流石に気がかり』とも」



サイアスは内心では苦笑しつつも

しれっとそう言った。


ルジヌの方でも恐らくは内心苦笑し、

サイアスの言に頷きつつ言葉を継いだ。



「その見解には大いに共感を覚えます。

 予定数の3割増しは、誤差と呼ぶには

 多すぎますからね。そもそも我々軍師にとり、

 数値は絶対不可侵な存在ですので。

 

 先刻も申し上げたとおり、本件について

 現段階では表立って問題視されておらず、

 関連する情報も降りてきてはいませんが……

 そうですね…… 少し調べてみましょうか」


「それは…… ご迷惑では」



サイアスは眉をひそめた。より正確に言うならば、

迷惑というより、危険ではないかと感じたためだ。


誤差でないなら何者かの意図が背後にある。

そしてその意図が公開されていないからには

公開したくない理由があると見るべきであり、

それを調査する者に対し意図持つ何者かが

どういった態度で臨むかは自明である。


サイアスはそのように考えた。

だがルジヌはそんなサイアスの様子に苦笑した。


「ふふ…… 案ずるには及びませんよ。

 もとよりこうしたことも参謀部の職務に

 含まれておりますので」


騎士団長直属の参謀部とそこに所属する軍師は

城砦騎士団全体への監察役も兼ねている

ということらしかった。


「はぁ……」


サイアスはなおも不安げだったが。


「とはいえ、お気遣いはありがたく頂戴しましょう。

 取り立てて危険を招くようなことはいたしません。

 それで他には何か?」


とルジヌは自然な笑みを浮かべてサイアスを促した。


「はい。昨日作成された、

 今期の補充兵の名簿を拝見したいのです」


昨日午前、座学の組分けに際して

各人に行った簡易の口頭試問。その目的の一つに

補充兵のリスト化があるとサイアスはみていた。


補充兵の大半は有象無象であるが、これは

集める側が数を最優先した結果であり、逆に言えば

数が合ってさえいれば年齢性別や氏名すら問わない

節があった。そのため城砦としては

これらの管理のため諸処手を尽くす必要があり、

その手始めが補充兵の名簿作成であった。


「おやおや、これはこれは……

 なかなか楽しい方ですね、貴方は。

 ですが貴方の役目を考えれば、

 それも当然と言えましょう」


ルジヌは目を細めて薄く笑った。

軍師にはどうにも底知れぬところがある、

サイアスはそのように感じていた。


「判りました。そちらも含めて明日の講義後、

 貴方に書面でお渡ししましょう。

 それで宜しいですか」


「ありがとうございます。

 宜しくお願いいたします」


サイアスはルジヌに敬礼した。

ルジヌはサイアスに微笑みかけ、


「ふふ、ひとつ貸しですね…… では今日はこれで」


と言い残して参謀部へと戻っていった。

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