表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
131/1317

サイアスの千日物語 三十三日目 その五

「それでは資料の1ページ目から順に、

 重要事項の確認と補足説明を行います。まずは沿革です。

 当城砦は西方諸国連合軍所属『西域守護城砦』の1城であり、

 元は平原の西端、荒野との境界において南北に3つ並ぶ

 うちの中央に位置したことから『中央城砦』と呼称されていました。


 現在も連合軍の正式な書類においては当時の名称を継承しています。

 もっとも、御存知のように当城砦は当初の位置から遥か離れ、

 荒野のほぼ中央部に1城のみ突出して存在しています。

 同じ「中央」でも意図する意味合いは微妙に違っているわけです。


 ともあれ今後貴方がたが扱う各種申請書類には中央城砦、

 あるいは中央という記載を必ず入れるようにして下さい。

 不備があれば遅延または却下の可能性もあります。ご注意を。


 さて話を戻しますと、

 当城砦が荒野に1城のみ突出しているという点。

 これは今からおよそ200年弱前に起こったとされる、

 人類史上類を見ない災厄『血の宴』を契機として発令された

 『退魔の楔』作戦と『生存圏統合防衛計画』に基づくものです」


軍師ルジヌは資料に沿って淀みなく説明し、

会議室には説明に合わせて資料をめくる紙の音が響いた。



「『血の宴』とは、記録に残る限りでは初となる、

 魔や眷属による平原への大規模侵攻を指します。


 記録に残る限り、というやや不明瞭な言及となっているのは、

 この侵攻によって平原西部に存在した文明及び国家群が

 根絶させられ、それ以前の記録の大半が失われてしまったためです。

 これより以前の在り様については信頼し得る一次資料が乏しく、

 さらなる考証を待たねばなりません。

 もっともおおよその推測は付きますが」


会議室を重い沈黙が支配していた。


「『血の宴』以前の時代、平原西部には湖水地方と

 ライン川流域一帯を中心に栄えた『水の文明圏』と呼ばれる

 都市国家群が存在しましたが、それら全てが数夜のうちに

 破壊され蹂躙されて廃墟となったと伝えられています。

 研究者の間では、犠牲者の数は一夜辺り数千万。

 累計では億に及ぶと試算されています」


講義を受ける者の多くは、

ここでの戦いが一個の人間の生き死にではなく、

もっと規模の大きなものを扱っているのだと認識を新たにしていた。


「この侵攻により中央城砦は跡形もなく破壊されました。

 そして再建に際し新たな候補地として挙がったのが、

 現在我々のいるこの荒野中央部でした。かくして、

 水の文明圏の中心都市であった古都ウィヌムの領主であり、

 連合軍師長でもあったユーツィヒ・ウィヌム卿の提言


『敵地に突出した城砦を築き、

 これを堅持することで魔軍を誘引、結果平原への侵攻を退ける』


 に基づく『退魔の楔』作戦と、それを支援する『生存圏統合防衛計画』

 が発令され、荒野のほぼ中央に横たわる湿原のさらに西方に城砦が

 建設されることになりました」



「『生存圏防衛計画』は現存する法規のうち最も重要かつ

 優先度の高いものです。詳細は資料に記載の通りですが、

 この法規は三つの条項を基柱として成り立っていました。


 一つは平原中央に存在し未だ黎明期にあった三国を中心とした、

 連合所属国家全体での軍事同盟と相互不可侵条約の締結。

 これは同時に、非連合国家への積極的な侵攻をも意味していました。

 城砦の維持には莫大な人的・物的出費を伴うため、それを担うに

 値する体力を持つ大国が必要だったという背景事情もあったのです。



 今一つは、物資集積所『アウクシリウム』の建設。

 平原中から集めた物資は膨大なものであり、

 これを管理する貯蔵庫と補給線が必要となりました。

 こうした事由から補給基地としてアウクシリウムは設営され、

 その管理運営のための人手を住まわせるために町ができ、

 いまや都市と呼ばれる規模にまで至っているわけです。

 

 アウクシリウムは本来西方国家連合の管轄にある基地であり、

 事実上城砦領として扱われています。

 城砦領とは防衛上の理由から城砦が管理運営している土地の総称で、

 滅亡した水の文明の跡地が中心となっています。

 城砦領はいわば城砦の一部であり、その物資は城砦の所有物と

 同義であるため、後述する物資提供義務が免除されているのが特徴です」



「最後の一つは連合所属国家に対する『物資及び兵士提供義務』です。

 都市や国家、集落等に対し一様に負担が義務付けられておりますが、

 三大国家は別途独自の基準で膨大な支援を城砦に対して行っているため、

 免除されるケースもままあります。


 たとえばカエリア王国は王立騎士団が

 城砦への物資輸送を担うことで兵士提供義務が免除されており、

 トリクティアは穀物、フェルモリアは鉄鉱石など重要資源を

 別途提供しているため物資提供義務は免除されることが多いのです。

 

 もっとも、都市国家連合所属の都市において

 物資及び兵士提供義務の双方を免除されているのは

 住民の大部分が物資管理業務に携わっている

 アウクシリウムただ1都市のみです」


ルジヌの声は、静まり返った会議室によく響いた。


「前述の三条は連合所属国家群のあらゆる法規に超越して批准され、

 城砦建設に重要な役割を果たしました。またこの計画により平原中央の

 三国は最大限の貢献をしつつ、貢献の不十分な西方の小規模国家群や

 連合に未加盟の東方諸国家を硬軟織り交ぜて取り込み、

 現在の三大国家へと発展を遂げました。


 こうして平原中央から西部の国家すべてとそこから集められた

 数百万の人員を動員し、今からおよそ100年程前に完成したのが

 今我々の立つこの城砦なのです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ