断章・古城にて その3
アウクシリウムに結集した人の子の軍勢が
平原西域に未だ居座る魔軍の残党を掃討後。
西方諸国連合は血の宴を辛くも凌いだ諸国家
の再建と平原中枢三国の大国化を推し進め、
かつ水の文明圏の跡地西端に平原と荒野の
境界を定めて死守する西域守護城砦を建造。
そして北と南の二城砦が完成後、
満を持して「退魔の楔」作戦を発動した。
連合軍師長と成ったウィヌム王ユーツィヒ
連合辺境伯は100万の兵を率い自ら出師。
世を統べる魔とその眷属たる異形の巣食う
異邦の大地、荒野の只中へと進軍。
後の中央城砦が建つ高台を制圧する
大会戦にて、還らぬ人となった。
人魔の大戦にその半生を捧げた辺境の王。
ユーツィヒ・ウィヌム辺境伯は、自らの
臣民に対し、遺言を残していた。
――我亡き後は南へと。
人の世の復興に尽くすがよい――
臣民は王の遺言を守った。
こうしてウィヌムと呼ばれる王国は終わり
湖水地方から人の気配が途絶えたという。
それから数多の歳月が流れた。
激戦の末に獲得された荒野の只中の高台には
中央城砦が建造され、城砦騎士団がかつての
英雄らの意志を継ぎ、人魔の大戦を戦っていた。
聖都メディナは騎士団領アウクシリウムと
成って往時の繁栄を追い求め、平原諸国家は
三大国家を筆頭に暗黒時代を耐え抜き次なる
黄金時代へと力強く羽ばたこうとしていた。
そしてそうして活気付く平原を遠く懐かしむ
ように。北の彼方、湖水地方には、かつて
ウィヌムと呼ばれた王国の廃墟が今も静かに
佇んでいるのだった。
「まぁ殊更に大した事でもないのですがね」
貴人はすっかりドヤ顔でそう語った。
「何よ、散々引っ張っておいて。
余程の内容じゃないと許されないわよ?」
小さく肩を竦めるメディナ。
「『散々引っ張っておいて』ですと?
いえ、まるで存じませんな……
まぁ『時』もまた概念物質の一つ。
望む角度と染色次第では然様にも。
とまれかの契約は召喚成功率を法外
かつ埒外に絞る一方で、余事はザル。
そもそも召喚が成功しない前提で
目論んでいるため、後は絵空事で
『釣る』気満々だったわけです」
と貴人。
風の女王が己が娘たる風の乙女らを
端から寄越す気がなかったのだと示唆した。
「有限定命の人の子では到底当たる
までは回せっこないって事かしら?
……それはそれで、ムカつくわねぇ」
数時代前平原中枢で支配的であった闇の王国。
その民のうち人ならざる存在の多くは人より
遥かに長い寿命を持ち個として強く、そして
人より遥かに数が少なかった。
それゆえ有限定命なれど繁殖力にかけては
無尽蔵な人の子が大地を席巻し、やがては
他の存在を駆逐。光の王国が興るに至った。
闇の王家の末裔のうち東に流れた風の民とは
異なって、西に流れた水の民は同地に在って
人と人ならざる存在が手を取り合う夢想を
依然として希求。
そうして闇の王国をそのままに継承する
一大文化圏を構築し平原全土で最も栄えた。
それが「水の文明圏」だ。
そしてメディナとはその中心たる王国と
その王国を統べる女王の御名でもあった。
「まさに仰せの通りにて。
正々堂々騙まし討ち、或いは
当たらなければどうという事はない、とも」
「だからそこを詳しくと!
あと著作権には配慮なさい」
儚き人の子の肩は持つ。
されど貴人の肩は持たぬ。
蓋しそんな風のメディナ。
「ではお話しましょう」
と、この夜一番のドヤ振りな貴人。
「あぁでも待って嫌な予感も」
と、話の腰を払い腰なメディナ。
続きは確かに気になるが、
お前の態度が気に入らない。
一言で言えばそういう風だ。
だがしかし、この程度で貴人はとまらない。
すでにもぅ、何がどうあってもとまらないのだ。
「何だかバッドなプリィマニシャン?
それでも知りたぃキュリヲサティ?」
小気味良く波打つように身体を揺らし
くるくるパッと手を回し左右を指指し
華麗にライムをキメつつ歌い出す貴人。
何故だか天井ではミラーボールが回りだし
何処からともなくスクラッチ音が鳴りだした。
世界を灰にしそうなほど
イラっとキたメディナ。
だが、既に術中で
「一切合切、話しなさい!」
と不覚にもノリノリでテンポよく
身振り手振りし歌った。歌ってしまった。
OhYeahとすっかりボルテージが有頂天と
なった貴人は、小粋な指パッチンと共に華麗な
ボックスを踏みクルりターンしてさらに歌った。
「ァラもう聞いた? 誰から聞いタ?
『風の乙女』の そのウワサ」
「おぃやめろぉっ!!」
流石にこれには全力のクレームが。
これには流石に貴人も懲りたかしれっと
講談調、というかお料理教室風に劇風を変えた。
「まずは気合でガチャります。
当たるまで! 何度でも!
『私は何度でも繰り返す』!」
「いい加減危ういのやめなさいよ!」
ニュっと角が伸び翼の生えそうなメディナ。
しかし神魔をも畏れぬ貴人に効果はなく
「そして当てます。えぇ当てました。
幾らブッ込んだか問うてはならない!」
と魂の叫びを放った。
「えぇそうでしょうとも。
人間ナメんなってトコよね」
まぁ、人とはそういうものであり
そしてそれこそが人の強みなのだ。
そう達観し肩を竦めるメディナ。
だが、余裕も、ここまでだった。
「そしてそうして呼び出した
風の乙女と『自由恋愛』!!」
「……何、だと……」
「かぁらぁのぉ?
Lets'『ポコジャガ』!!」
「」
「召喚中、生まれた子供は私のもの!!
QED、『風の乙女』ゲットだぜ!!」
「Oh……」
「ちなみにアレは末っ子です」
傾げた小首に人差し指を添え、
素敵なスマイルで頷く貴人。
メディナはこれ以上なさげなジト目にて
「……貴方って本当に、最低の」
とまで述べ、そこで終えた。
「……最低の?
何です? 続きはよ!」
とっても問いたげな風情の貴人。
されどもメディナはこれを無視。
「嗚呼寸止めッ! 何故寸止めッ!」
貴人は激しき役者振りでもって悲憤した。
メディナはなおもジト目でそれを見据えた。
「ご褒美はあげないわ」
「Noォおおぉお!?」
某王家顔負けのプラ・トゥーンをキメる貴人。
メディナはツンとお澄ましで茶を喫していた。
人の世たる平原を遠く離れた北の方。
荒野の如くに人の途絶えた湖水地方。
静寂の廃墟に囲まれたその湖上なる古城の
一室では今宵もまた、茫洋たる灯が遠い昔、
華やかなりし往時を懐かしんで灯っていた。
断章はこれにてひと段落。
えぇひと段落なんです。
またそのうちに!




