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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1300/1317

断章・古城にて その2

遠いかつての夜半のみぎり

遥か西なる荒野の地より。


世を統べる魔と魔の眷属たる異形らが大挙

平原へと侵攻し億の人を生きたままに喰らい

さらに数億を生き地獄へと陥れた、「血の宴」。


広大な水の文明圏を数夜にして壊滅、完全なる

灰燼に帰さしめたこの天地未曾有の大災厄への

反攻の狼煙は湖水地方からあがった。


水の文明圏の中心国家であったメディナ王国と

ライン川の水運を介し親交し、王女メディナの

親友であったとも、恋仲であったとも伝わる

時のウィヌム王ユーツィヒ。


暴虐極まる魔軍の侵攻も如何なる次第か

ライン川を越えて進まぬ事を看破した彼は

自国の総力を結集して大船団を編成。


ライン川を南下させ、なお平原に居座る

魔軍へと河川の最中から攻城兵器と火矢

にて、徹底的な艦砲射撃を展開させた。


そしてこれを囮とし、自らは精鋭千騎を率い

峻険な陸路より南下、強襲。敵の虚を突き

獅子奮迅、遂にはメディナ王国の聖都を奪還。

同地を拠点として平原全土へと檄文を発した。



人の子よ、母なる大地を取り戻さん。



一文のみ。その何たるかは身を以て示す。

ウィヌム王の発した簡潔極まるこの檄文は

聖都奪還の報と共に荒廃した巷間に溢れた。


8億が2億になるほどの大災厄から辛くも

永らえた瀕死の各国は、人の子としての矜持に

かけてこれに呼応。なけなしの兵力を結集して

大河を渡り西方へ。ウィヌム王の下へと送った。


こうして聖都メディナはアウクシリウムとなり

人類の希望、西方諸国連合が興ったのだった。





「こんなに美味しい鴨も久々だわ。

 まだ秋なのに真冬の味わいね」


次々これでもかと波状攻撃する豪奢な料理を

次々朝飯前と平らげていたくご機嫌。今は

茶なぞ喫するメディナは言った。



「荒野同様この辺りでは、平原より

 季節一つ分冬寄りですので。

 鴨にも既に脂がたっぷりなのです」



ささっと卓上に手をかざす所作のみで

皿をさげたり新たに出したり。すっかり

マジカル執事な貴人はそう言った。

 

「あら。荒野もそうなの? 何故かしら」


此処へは何度も訪れているので気候も既知。

されど荒野については初耳だとメディナ。


 

「さて、どうでしょうか。

 まぁ理由が空にあるのは

 間違いのないところかと」


「よく判らないわね」


「女心と秋の空、ですな」


「誤魔化したわね?」


「つまりは『上の空』ということで」



卓上にふと現れた大吟醸「上の空」と

焼きたてぷりっぷりなししゃもの群れ。


「苦しゅうない!

 許してつかわす!」


メディナは瞬く間に荒野の空を忘れ、

暫時の後には質問は別へと移っていた。



「そういえば貴方、

 今日は忙しかったのかしら。

 それなら日を改めても良いのだけれど」



さらにさんざたらふく飲み食いし、再び

ひと心地ついた上でメディナはそう言った。


今更何を言っているんだ、とは億尾にも。

ただし貴人は別の理由で嘆息し


「あぁアレですか。まぁ然程

 急ぐものでもありませんので……」


と応じ、メディナ来訪時に着いていた

仕事用の卓へとちょちょいと指指した。


すると卓上、図面の上の中空には不可思議な

光芒を放つ何がしかが現出。それは見る間にも

めまぐるしく色と有り様を変幻させ続けていた。



「概念物質ね。着色は不要よ?

 見えているから。草鞋わらじみたいね」



本来は高次の界隈に属し、現世では概念として

のみ認知され、実体を伴わぬ物質をそう呼ぶ。

錬金術師を称するメディナには無論のこと

馴染みある存在でもあった。



「おぉ流石はメディナ殿

 まさに仰せの通りにて。


 実は、かれこれ60年振りですか、

 うちのドラ娘が連絡を寄越しましてね。

 それも挨拶の一言すらなく、


『虚空のソレア! いっぱいくれ!』


 とだけ」



両手の肘を左右の小脇に付け、二の腕は

自然に広げて俯きがちに首を左右に。

貴人は「ヤレ・ヤレ」のポーズをキメた。





「あらあら、それはそれは。懐かしいわね。

 最後に会ったのは100年程前かしら。

 元気でやっているようね」


貴人のその様に手を口元に当てて

コロコロと楽しげに笑うメディナ。



「相変わらず寝てばかりおるようですな。

 あの感じですとこちら(・・・)側へは

 あと数百年は掛かりそうですが」



左の手指で額を押さえ

さらに嘆息し苦笑する貴人。



「まぁそれでも今年は格別活躍を。

 ならまぁたまにはご褒美と言う事で

 せっせと夜なべしておったわけです。

 モノがモノゆえ私しか作れませんので」



格別の活躍とやらを想ってか、

やや眩しそうに目を細め微笑んだ。



「あの子も相変わらずつっけんどんねぇ。

『虚空のソレア』って確かアレよね。

 貴方の別荘、天空城の」



とメディナ。



「覚えておいででしたか。然様です。


 天空城は旅館に改築しプレオープンまで

 いったのですが、酔客が余りにボテボテ

 転落死するので頓挫しまして。


 そこで問題解決のため

 試作していたブツですな」


「その後あの城はどうなったの?」


「『風の女王』に譲与しました。

 かなりお気に召しておるようです」


「へぇ、『契約』したのね」



何やらまさに上の空な話題となった。





人が人ならざる存在と代価を伴い協業する。

相互に内容を承認し債務の履行を盟約する

「契約」は、召喚術の前提とされていた。



「えぇ、女王御自身と本契約を締結しました。


 こちらからは天空城、百年毎の保守付きで。

 あちらからは『風の乙女』1名の任意召喚権。


 また本契約の諸経費は全てこちら持ち、と」



貴人は小さく肩を竦め、

のっぴきならぬ所を語った。



「『任意召喚権』……?

 気分が乗らなきゃ呼ばれても来ない、

 ってそういう解釈で良いのかしら……?」



とメディナ。



「ご明察。まさに仰せの通りにて。


 任意召喚それ自体は気力と触媒、

 財力と熱意の続く限り何度でも

 挑戦できる仕様にて。


 ちなみに排出率は0.01%であり、

 かつ天井なしの鬼仕様ですね」


「ぼったくりにも程があるわ。

 限りなく詐欺に近いわね」


「えぇ、ですが、それで良いのです。

 ガチャとは夢を商うものなのですから」



蓋しそういう事らしかった。





「はぃはぃ。それはそれとしても。

 城一個の代価としてみた場合、

 流石にちょっとセコ過ぎない?」


「そこはまったくもって同感です!!

 ただまぁあの女王は…… 闇の王国の

 末裔のうちではもぅズバ抜けた人間嫌い。


 そも戦まみれの東方諸国に辟易した末

 疎開先としての所望でしたのでねぇ……」



遠い昔、平原中枢から全土を席巻していた

人と異形が共に暮らす「闇の王国」が、

人のみの「光の王国」に滅ぼされた際。


闇の王国の王家に連なる多くの人ならざりし

存在が平原中枢から四方へと逃れ、辺境で

独自の文明圏を形成した。すなわち


北に火、西に水。

南に地、東に風。


このうち東に逃れた風の民は、同地に従来住まう

人の子らと文物を習合し東方諸国を形成した。

当世の識者には然様に認識されている。


実際はその後ひと悶着あった、そういう事だ。

従来八百万の神や百鬼夜行と共に暮らす東の民。

彼らは人ならざる存在に対し極めて寛容であり、

窮鳥たる風の民らは随分歓迎されていた。


ただし東の民はかなり特殊な精神構造を

しており、パインに酢豚はありかなしか

茸か筍か粒餡か漉餡かで刃傷沙汰も辞さぬ

生き物であって本質的に戦好き。


戦火を逃れきたった風の民、特に王家は

日常茶飯事な飯絡みの合戦事情を忌避。

そういう次第であるようだった。



「でもそれは東に流れた時点で判っていた事。

 言わばあっちの都合よねぇ。まぁともかく

 貴方はその矢鱈と不平等な契約を呑んだと。

 何か…… 裏があるわね」


「……フッフッフ。

 それはもぅ…… ねぇ?」


「……詳しく」



ニタリとドヤついて見せる貴人。

イラっときつつも興味津津。さっさと

語れと先を急かすメディナではあった。

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