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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1296/1317

サイアスの千日物語 百六十六日目 その三

年初は4万、昨今は5万。


暗黒時代の終焉に相応しく、着実に

総人口を増す騎士団領アウクシリウム。


定住する3万の3割は騎士団関係者で

大半が北東区画で起居している。


そんな彼らにとり騎士団全権命令者(インペリウス)であり

連合辺境伯でもあるサイアスは、主君にも

等しい存在であった。


ゆえにその出立を見送るのは臣下の勤めで

誉でもあるとて、手空きの者はこぞって

駆け付け通りの左右を囲み敬礼を。


凛と引き締まった両の列の狭間を、見守り

見送る一人一人と目を合わせ、頷き返す

ようにして、サイアスら一行は南下を続けた。


やがて南北の区画を隔てる壁へと至った一行は

連合兵らの最敬礼を受け、開け放たれた門を

抜け、真円を四分した右下たる南東区画へ。


円の中心、連合軍本部や政庁の並ぶ広場へと。

さらに隊伍を整え敬礼する連合兵やその後方、

本部に居並ぶ連合幹部らに見守られ、広場から

南東に位置する東の城門へ。そしてその後

まっすぐに目抜く南東区画の大路を目指した。





アウクシリウムの南東区画は

来訪者全てに開かれた市街だ。


無論定住する大半は連合関係者だが、

連合諸王とその供の他にも中原や東域より

遠路来たった逞しき行商や詩人に旅芸人。

物好きな旅人など多彩な顔ぶれもまた見られる。


他区画とは異なりこの区画は言わば、

最も「普通の街」に近かった。


日中は鍋が煮立ったように沸き返るバザーの

派手な賑わいも今はなく、店舗や天幕の

灯りは遠めにもか細かった。


晩秋の夜明けにはまだ一時間掛かる。

市街は寝静まっていて然るべきで、

そうした想定通りの情景が広がっていた。


だが。


冷ややかな空気に馬蹄を転ばせて

東門へと続く大路へと至った一行は、

往く手に広がる光景に瞠目する事となった。


距離数百、幅十数オッピ。川面に似て

伸びやかな大路の両の傍らには。


声一つ、しわぶき一つ上げず粛然と

一行を待つ、万を超す人々の列があった。


軍関係者と一般の人々と、老若男女を選ぶ

事なき万来の人々。昨日は大いに声上げ

手を振り騒いで凱旋を祝した人々は粛々と。


未だ暗き寒空の下、サイアス一行を

待ちうけ整列していた。そして一行が

大路の北西端に入るや否や、



ザンッッ



ただ一音のみを響かせて一斉に敬礼を。

連合軍ではなく城砦騎士団の敬礼をした。


甲を正面にした右手を胸前に

瞑目し天地の狭間で神明に誓う。

それは、剣無き剣礼であった。





遠く荒野の只中で

平原の人の世の存亡を担い

魔軍と熾烈に攻防する城砦騎士団。


その兵らが死闘を生き抜き束の間の安らぎを

求め当地へと至り、再び遥けき戦地へ戻る際、

当地の騎士団関係者はこのように見送る。


だがそれは荒野に赴く者が発つ西門側での話。

平原へ戻る者が発つ東門の側でする事ではない。


そもサイアスら一行は式典に参ずるため当地へ。

そしてこれより故郷たる所領ラインシュタット

へと休暇に戻る。然様に周知されていた。


無論戦勝式典の顛末てんまつを知るものならば、休暇は

飽くまで当初のみで、その後は平原乱世への

備えとして最前線としてのラインシュタット

へと駐屯。要はたまたま休暇先と赴任先が

故郷なだけなのだと知っている。


だが式典会場には連合諸王とその供1名しか

入る事を許されていなかった。そして式典の

内容はまずは諸王が帰国後国民へと語り、

その後方々へと知れ渡るはずのものなのだ。


つまりいかに連合軍のお膝元、本部の在所

たるアウクシリウムでも住民が式典の内容を。

今後の戦局政局の展望を現時点で知っている

など、あろうはずがないのだった。



にも関わらず人々は今、

再び戦地へ赴くものとして

サイアス一行を見送っている。


何故か。


それは万来の人々それぞれもまた。

未曾有みぞうの災厄を経て荒廃しきった

暗黒時代いまを生きる戦士であるからだ。


武器を取るも取らぬもなく、彼らもまた

この荒れ荒び切った世界で絶望と戦い

強かに生きる、名も無き英雄たちなのだ。


だから気づいた。


サイアスらの赴く先赴く地、赴く未来が

けして安穏に満ち満ちたものではない事を。


荒野の只中で平原の安寧を背負い、死地を

乗り越え生還した彼らが。今度は平原でも

また同様にして、風雲急を告げ立ち込める

乱世の気配に抗って人々のため、戦うのだと。


その身命を投げ打って、平原に

住まう人々の安寧を護るために。



だから彼らは敬礼を。否、

剣礼を以って見送るのだった。





こうした万来の人々の「読み」には

当たっている部分もあり、また

外れている部分もある。


今後の人魔の大戦と平原の在り様がどう転び

ゆくのかを予測しきるなど、どだい出来ぬのだ。


だが剣礼での送別は間違いなく彼らにとり、

そしてサイアス一行にとり好ましく、また

間違いなく相応しいものであった。


サイアスをはじめ一行もまた、粛然と。

各々が鍔鳴りと共に剣を抜き放ち、

切っ先を天に。手元を胸前に引き付けて

粛々と南東へ。東門へと進んだ。



天と地と。

両者の狭間に独り立ち

神明に懸けて己を明かす。



そこにそれ以上は何もない。

或いは意味さえ無いのかも知れぬ。


だがこの時確かにサイアスらと

アウクシリウムの民らとの間には

一つの掛け替えのない絆が生まれた。


いつの日かこの絆を護るために

サイアスはきっと、戦うだろう。

1オッピ≒4メートル


※『人智の境界』第一部

 「サイアスの千日物語」は次話にて

  完結の予定です。十分手を掛けて

  やりたいので投稿は年内を目処に。

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