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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十六日目

長男の留学と末娘の縁談。


これら飛び切りの難事案を一度に纏めて

円満解決できたカエリア王の機嫌は曰く

本人史上最高のものらしかった。


やや気が早いがこの縁談により多量の、

それも概ね器量良し揃いの娘や孫をも得た

王は、新たな娘や孫の一人一人と向き合って

身の上話に聞き入ったり贈り物を約したりした。


お陰で宴の終いは夜更けも夜更け、午前2時。

騎士団の時制では翌日の第一時間区分の

序盤と相成った。


アウクシリウム出立は午前6時を予定している。

残された数時間は仮眠に充てるより諸々の準備

に使うべしとて、各々てきぱきと動き始めた。



サイアスは戦勝式典後の懇親会で得た西方諸国の

諸王侯との親交や外交絡みの諸々を、ロイエと

適宜協議し処理し始めた。


西方諸国連合に加盟する数十の生活圏のうち、

騎士団領ラインシュタットから最も近いのは

イラストリアなる都市国家だ。


北方のフラクトリア、東のウェスタリアと

並び10万前後の人口を擁する規定通りの

「国」であり、上述の2国と合わせて

「3リア」と呼ぶ。


西方諸国の中でも最も西手。「血の宴」での

魔軍の侵攻範囲が近傍に迫る事から魔軍への

危機意識が強く、小規模ながらも常備軍を持つ。


イラストリアの常備軍は規模的にも装備的にも

荒野に赴く駐留騎士団を担う程のものではない。

もっとも騎士団領アウクシリウムへの派兵は

頻回に行っており、施設の警備等連合軍の

軍務を積極的にこなしていた。


つまり連合軍の兵権を有するサイアスが

直に用いる可能性の最も高い兵らなのだった。


イラストリア国王は懇親会でサイアスに対し

自国軍の規模や装備、気性に特質等凡そ率いる

にあたり知り置くべき諸々の情報を書状で提供

しており、サイアスはこれを検めていた。


さしあたりまずは今初秋既に連合軍から

ラインシュタットへと指揮権を委譲されていた

ライン川に掛かる大橋の守備部隊への、今朝の

警備に関する書状を作成。早速届けさせていた。





「連合軍の制式装備って

 イラストリア軍と実質同じなのね。

 色や紋章は違うみたいだけど」


とロイエ。



連合兵の基本兵装は煮詰めた革鎧(クイルブイリ)

手槍と小剣。追加で円盾ホプロンや弓を携える。


戦闘技能は2種を技能値2で持つ例が多い。

稀に3種有したり技能値3以上な者も居た。


これは現状平原西域で実戦が起こらぬためだ。

こと戦闘技能に関しては、人智の外なる異形と

死闘する荒野と平原とでは、環境の違いによる

格差が雲泥以上に存在していた。


身的能力も同様で、平原兵士は種族平均を

満遍なく1、2割上回る程度で安定している。


仮にこうした兵士らが荒野の異形と遭遇し、

成功率数%な恐怖判定に成功し勝を取って

戦力指数を得た場合、概ね装備込みで

戦力指数1となる。


城砦兵士との一番の違いはやはり、

未曾有の恐怖への耐性だった。


魔力を有さぬ者の場合、心的能力のうち

「幸運」が最低保障値となる。文字通り

運次第なのだった。



とまれそうした要素を除外すれば、こと

能力面では平原兵士と城砦兵士の差異は

そこまで大きなものでもなかった。


もっとも城砦兵士長以上は完全に格上となる。

城砦騎士なら一騎当千、万夫不当は事実だった。



「物資と兵士、両方の提供義務を

 纏めて履行しているって事かな。


 騎士団にイラストリア出身者が

 少ないのはこういう訳だったか。


 3リアの中では3番手の国力なの

 だけれど、人口増加率は一番らしい」



イラストリア王からの書状と

連合軍上層部から供出されたものを

見比べつつサイアスはそう言った。



中原のそれより恐ろしく小粒だが、小規模な

生活圏の割拠する平原西域、西方諸国の中

では、3リアとは言わば三大国家であった。


そのうち国力一位はフラクトリアだ。

通常の倍の物資提供義務を引き受ける事で

兵士提供義務の減免を受けており、その分

着実に体力を回復していた。


勢い一位は件の如くイラストリア。どちらも

二位のウェスタリアは西方諸国全体の東端に

在り、三大国家が一、共和制トリクティアの

西隣となっている。地勢上トリクティアとの

結び付きが強かった。





「そういえばこの3リアの王とやら。

 けもみみ倶楽部の会員なんだっけ?」


とロイエ。


ラインドルフ移住の件のみならず、

ヴァディスやマナサが騎士団への物資を

「お願い」した件についても知っていた。



「そうそう。なのでとてもやり易かった」



とサイアス。


「……何した?」


ものっそい胡乱な眼差しのロイエ。

いたずら猫を問い詰める風だった。



「うちが辺境伯領となり連合の兵権を得て

『後の国家』としてのお墨付きを貰ったので、

 改めて3リアとの国交と盟を求めてきたのさ。


 そこでミスリルとオレイカルコスの提供を

 条件に付け、実現すればけもみみ衆を

 公使として派遣すると付け加えた。


 3陛下とも目の色と血相変えてたよ。

 3陛下とも供回りが王妃だったからね……」


「あんたねぇ……」


「まぁ当面は付かず離れずな関係で

 のらりくらりといきたいところだね」



苦笑し呆れるロイエだが

別段怒ってはいないようだ。


この3国との関係はラインシュタットと

平原西域の今後にとり極めて重要なものと

成り得るため、軽々に意向を固めるのは

避けたいとのサイアスの判断には賛成だった。



と、そのとき。


肉娘らと共に積荷の再点検をおこなっていた

ディードが、顎に手指を添え小首を傾げて

思案げなのに、サイアスは気付いた。





「どうかした?」


と何気なく問うサイアス。


声を掛けられるのを待っていたものか、

ディードは直ぐにこれに応じた。



「積荷に覚えのない品が

 一つ混じっておりまして」


「ほぅほぅ」



昼間揃って買出しに出かけた女子衆が

揃って纏め買いした土産物の中に、

それは混じっていたらしい。



「何が混じっていたのかな」


「何でしょうね、これは……

 とまれ我が君、まずはご覧ください」



そうしてディードが示したのは。


子供の胴程の大きさの

涙滴状の黒い板だった。


黒の月の闇夜もかくやといった漆黒ながらも

室内の灯りを浴び夜空のように艶やかに煌く

それは、小指の爪ほどの厚みを有すも羽の

ように軽やかだ。


手触りはすべすべで柔和なのにも関わらず、

指で弾くと磁器の澄んだ音を立てた。


奈落の黒も光り輝き、重々しくもその実

軽やかで、柔和でありつつ堅固でもある。

凡そ相反する要素を完全に兼ね備えていた。



「これは……」



鱗だ。



何故だかサイアスはそう直感した。

贈り主にも心当たりはあった。


「盾にしろって事かな」


周囲の怪訝な眼差しの中サイアスは

そう納得し、それをかき抱くようにして


「有難う、使わせて貰います」


この場に居らぬ何者かに向け、

祈るように感謝を述べた。

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