サイアスの千日物語 三十三日目 その三
「やぁおはようサイアスさん。
……あれ、何か疲れてない?」
第三戦隊営舎二階、第一会議室。
何とか午前の座学に間に合ったサイアスは、
既にかなりぐったりとしていた。
「朝っぱらからだらしがないわねー、まったく」
主たる原因であるロイエは快調そのものだった。
サイアスはそんなロイエをジト目で見やりつつ、
「おはようランド。
他人と暮らすって大変なんだね……」
と嘆息した。
「他人と暮らすっておまっ…… どういう意味だよ!?」
件の騒がしい男は今日もロイエに負けず劣らず騒がしく、
サイアスはその声にも軽く溜息をついた。
「なっ、溜息とか! なんだよ大人ぶっちゃって!」
「相変わらずうっさいわねーあんた……
あれよ。私は昨日から第四戦隊に配属されたのよ。
それで朝にちょっとねー……」
ロイエはへばるサイアスを見て肩を竦め、
手を広げてお手上げの様子を示した。
「うわ…… なんか知らんが、こいつが
酷い目に遭ったってのだけは判ったぜ……」
件の騒がしい男はサイアスに憐れみの目を向けた。
「へぇ、ロイエが第四戦隊に……
昨日活躍してたしねー。良かったねーロイエ」
「ま、まぁ私なら当然なんだけどね!
っとそれより時間ってそろそろなの?」
ロイエの問いにランドはちらりと手元を見やり、
「後数分だねぇ…… ところで」
ランドはロイエの背後に立っていたデネブへと視線を向け、
「そちらの甲冑の人、この組ではなかったよね?」
と問いかけた。それに対してはサイアスが
「デネブだよ。彼女も第四戦隊に配属が決まった。
ただ少々事情があるので私と同じ組にして貰う予定」
(デネブです。よろしく)
デネブはやや不安定な共通語で帳面にそう記し、
ランドと件の男に見せた。ランドはそれでおおよその
事情を察したようだった。
「ランドです。こちらこそよろしく」
ランドはそう言って微笑んだ。
「あ、そうだ僕の膂力だけど。
昨日あの後再度調べて貰って、16と判明したよ。
ついでに体力も測定してもらったら、そっちは17だった」
「おー、凄いわねあんた。さすがは自宅親衛隊」
「……何だそりゃ」
件の騒がしい男が問うた。
「ランドのあだ名よ。ずーっと屋敷に引きこもってるのに、
滅茶苦茶いい体格してるからそう呼ばれてたの」
「はは……
あの頃は日がな一日絵を描いたり読書したりして
過ごしていたからね。お恥ずかしい」
ランドはばつが悪そうに苦笑した。
「ふーん? ……そういやぁさ。
お前らって俺の名前、全然聞かないのな」
件の騒がしい男が何気なくそんなことを言った。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……えっ。何? 何その沈黙!?」
4名が4名とも沈黙し、件の男は騒ぎ出した。
「あー、名前、やっぱあるんだ?」
「あるよ!? あるに決まってんだろ!!」
ランドの言に件の男は力説した。
「どうせ偽名名乗るんでしょ?」
「なぜ!? なぜがゆえにどうして!?」
ロイエの問いに件の男は問いで返した。
「興味なかった……」
「おいぃ!? お前ちょー酷いぞそれ!!」
サイアスの表明に件の男は憤慨した。
(親しくないので……)
「あぁ、そうだよね、うん」
デネブの主張に件の男は納得した。
「クッ、こうなったら勝手に名乗ってやる!
いいかよく聞け、俺の名前は」
カンカン、カンカン、カンカン。
二連打三回の鐘の音がが鳴った。
同時に軍師ルジヌが入室し、咳払いをして室内を睥睨した。
「あー。始まるみたいだね」
「そうね、うん」
件の男はランドの言に答え、意気消沈して大人しくなった。




