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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
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サイアスの千日物語 百六十五日目 その十九

「この仮面、誰の持ち物だったのですか?」


その場の誰もが気懸かりな問いを

サイアスはベオルクに投げ掛けた。



「ビーラー殿下の護衛団の長をしていた男だ。

 殿下の治める第二藩国『ドゥバ』出身で、

 仕えだしてより5年目らしい」



魂をすすった際、言わば殻にあたる記憶から

情報を得たらしき魔剣により、ベオルクは

そう伝え聞いていた。



継承権争いと権謀術数の只中に在る事や

生来の猜疑さいぎ心の強さから、ビーラーは自身の

近習をかなり頻回に入れ替えていたようだ。


間者は仕官後まず忠勤し、十二分に

信頼を得て油断させた後、背信に及ぶ。


逆説すれば仕官後の言わば試用期間は信を得る

べく模範的に振舞うわけだ。そこでビーラーは

その期間「のみ」用いては解雇を繰り返す事で

自身の安全を確保していた。


そういった理由で大抵は1年程で入れ替える

のだが、そんな中にあって近衛の長は格別に

長期間用いていたようだ。


結局その事が裏切りに繋がったとも言え、

図らずも彼の観立てや方策の正しさを

立証する事になっていた。



「殿下も近習も平時は本国中枢の大王宮に

 詰めておる。仮面は所用で第二藩国へと

 戻った際に、行商から購入したようだな」

 

「行商、ですか」



サイアスはその語を反芻はんすうした。



かつて8億あった人口が2億程にまで目減りし

ようやっと4億にまで復帰した当節の平原では、

殆どの人が己が生活圏から一歩も出る事なく

その一生を終えている。


平原中央を東西に横断する大街道の近傍を

除けば、村と村、町と町の狭間は基本荒地

だらけであり、そも国家も大半が都市国家だ。


そんな状況下において物資を携え方々を

移動して回る行商の価値はすこぶる重く、小さな

生活圏ほどこれに依存していた。


ドルフからシュタットに昇格したばかりの

サイアスの所領、騎士団領ラインシュタット

でも行商は重宝されていた。


ラインドルフであった頃には村の門を入って

直ぐの場所に行商専用の施設が用意され、

特産品のワイン等を専権的に取引していた。



そういう世情せじょう的な事情から、行商の起因する

事件も頻回に起きていた。判り易いところでは

隊商を騙る賊徒らや内偵を担う間者の類など。


初春に起きた、平原東域の大街道沿いに在って

交易で栄えた要衝「ロンデミオン」の襲撃でも、

グウィディオン率いる私掠兵団は収穫祈願祭に

合わせて隊商を装った一隊を町に入れ、本隊の

引き込みを担わせていた。


今夏のラインドルフ防衛戦でも、村の図面が

行商を経由して闇の勢力へと渡っていた。要は

往々にして、行商とは諸刃の剣であったのだ。


サイアスがそこに懸念を抱くのも

無理からぬ話ではあった。





「うむ。ドゥバは大王国の北東に在る。

 北西の第一藩国イェデン同様山岳と高地が

 主体の国だが、イェデンでは山地が平原中央、

 言わば中原との境界を形成しているのに対し

 ドゥバではなだらかな高地が連続している。


 言わば大王国の中原への玄関だ。

 空中回廊などとも呼ばれておる。


 古来人の行き来が盛んで、今も中原側では

 多くの小国が割拠しているな。確かマナサが

 この辺りの出身だったはずだ」



ベオルクはやや講義風にそう語った。


平原は東西に長い楕円をしている。

横断には早馬で十日は掛かるほどだ。


城砦騎士団構成員の大半は、そんな平原の

うちでも西域にあたる西方諸国や、中央の

三大国家の出身であった。


ゆえに三大国家の東側、平原東域の地勢や

風土に馴染みのない者も多かったからだ。


もっともサイアス小隊に限っていえば、

その3割方が平原東域の出ではあった。



「そういえば以前、故郷は交易が盛んで旅人も

 多いと、マナサ様から聞いたことがあります」



とサイアスは告げ、さらに



「行商が絡んでいるとなると『本体』や

 黒幕の在所特定は少々難しいですね……」



と思案に耽る風だ。





「そうだな…… だがあの辺りでは

 大半の行商が南北方向に巡回している。


 そしてドゥバ出身の近衛隊長が態々(わざわざ)

 覗く行商となれば、まず大王国外から。


 それもドゥバ以北の近隣ではなく、

 より北方からの来訪者と見て宜しかろう。


 ドゥバの北方にはなだらかな台地や低めの

 山地に盆地が広がり、その後は中原へと

 通じる。さらに先にはトリクティアの

 とある州の都がある」



「……『ノウェンティウム』」


 

ベオルクの言にサイアスが応じた。


ノウェンティウムとは古語の9に由来する。

最大版図を誇った帝政トリクティアが逸失し

共和制トリクティアが再度の膨張主義により

「奪回」した、比較的歴史の浅い州であった。



「赤の覇王」チェルヴェナーが、彼女の所領で

暗躍した上に逃亡した闇の勢力の一派を殲滅

すべく、仕掛けた策謀。それに掛かって

ラインドルフを襲撃した翼手教団の「協力者」。


競売に掛けられた租借地への入札を代行した

豪族ギラルモが居たのがノウェンティウムだ。

1の仮面の主、アディンと名乗る男の逃亡先

でもあった。


サイアスはそれを知っていた。


またサイアスはベオルクにそうした顛末の

詳細を話してはいなかったが、ベオルクは

ベオルクで別途聞き知っていたようだ。



「然りだ。そして

 これで一つ『繋がった』わけだ。


 ラインドルフ防衛戦の後、恐らく連中は

 トリクティアのノウェンティウムから

 フェルモリアのドゥバへと河岸を変えたのだ。


 此度の件があった以上、既に拠点を

 引き払ったやも知れぬ。が、少なくとも

 ドゥバや大王国自体からは未だ出ていまい。


 近衛隊の副長を通じて大規模な検問を

 敷くよう進言はしておいた。せめて

 尻尾なり足跡なり掴めれば良いのだがな」



おぉ、と自然に起きたどよめきに

自慢の髯を撫で付け目を細める

ベオルクであった。

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