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サイアスの千日物語  作者: Iz
最終楽章 見よ、勇者らは帰る
1285/1317

サイアスの千日物語 百六十五日目 その十五

その小部屋には、窓がなかった。

通風孔すらも一つもない。一枚きりの扉

それこそが唯一無二の外界との接点だった。


壁に鈴生りな灯りの群れと、明かしだされる

室内の調度らが、小部屋が牢獄の類ではない

と目にもさやかに物語っていた。


小部屋は連合の式典に参加する貴賓のための

休憩室だった。密室気味なのは防備のため。

扉の先には護衛の詰め所が連なっていた。


随所を金属で装飾・補強した褐色の扉。

表面には内外共に旗が掲げ飾られていた。

金床の上に鎮座する三つの首を有する獅子。


平原三大国家が一。

南方の雄にして随一の大国。

フェルモリア大王国の国旗であった。


そう、この部屋は此度の戦勝式典の会場となる

施設に用意された、大王国の代表たる第一王子

ビーラー・フェルモリアの待機室であった。


ただしビーラーは此度の滞在で、この部屋を

用いては居なかった。ビーラーにとりこの部屋は

連合の他国の王侯に数倍する数十名の護衛用に

借り受けた詰め所のオマケでしかなかった。


もっとも実際に用いようが用いまいが

小部屋は貴賓が用いるべく相応に調えられ、

来たらぬ客を静かに待ち侘びているようだった。





湖面より澄み渡った水底を覗くが如き

しっとりと寝静まる室内の空気が、

壁を彩る灯りと共に揺れ滲んだ。


空気の流れを生んだ扉は人影を

二つ取り込んで閉じられた。


小部屋に入り数歩進むと

人影二つは平伏した。


すると如何なる仕儀であろうか、

壁面を彩る灯りの群れは断末魔の如く

大きく一つ揺れ、扉に近い側から順に

一つ、また一つと消えていく。


やがて全ての灯りが費え、残る明かりは

ランプ一つ。応接用の卓上に一つきりで

こんもりと丸く周囲を照らしていた。


丸くくぐもったランプの灯りは壁面に

二つの平伏した人影を映した。そして

二つの影絵が傅くその先の空虚には

じわりと壁から染み出すようにして

新たな人影を描き出した。


数歩離れた平伏の影絵を食い入るように

覗き屈み込む風のその影からはやがて



「して、首尾は」



としわがれた声が軋んだ。





「……仕損じました」


平伏する影絵のうち、より大きく

硬質な形をした方が重々しく応じて、

もう一方はさらに平伏する風情となった。



「そうか」



しわがれ声は短くいらえた。

そこに失望や落胆はなかった。



「……申し訳ありません」



平伏を深めた影絵からは

磨り潰されるように苦しげな

女の声が響いた。



「ふむ」



食い入る風に屈み込む人影の声には

怒りも失望も宿ってはおらず、むしろ

どこか楽しげであった。


この年老いた影にとり、

事の成否はその実二の次だった。



成功すれば広く内外に大波乱を呼び、

暗殺の舞台となった連合との関係も

大いに悪化、最悪脱退するだろう。


長年勝利し続け国事をも司るビーラーの死で

玉座争い(スローンゲーム)は混迷を極め、低いレベルで実力の

拮抗した継承権者が割拠して、さらなる

内乱の呼び水ともなろう。


失敗であっても暗殺の関与が疑われる大王と

猜疑心の強いビーラーとの亀裂は深まり得る。


また継承権者間の争いに対して主催者として、

審判者として公平中立の立場を示していた

大王がこれに介入する事で、ビーラーを

はじめとする継承権者との間に不信が募り、

ゲーム自体が成立しなくなる可能性もある。


そうなれば大王国内は一足早く乱世に至り

方々で多くの血が流されよう。或いは

ビーラーら継承権者が結託し大王に戦を挑む、

そういう(・・・・)シナリオも(・・・・・)悪くない(・・・・)



要は大王国、そして西方諸国連合に混乱と

戦の火種を撒き得れば、それで目的は

達成されるのだ。



そう。この影は平原に乱世を引き起こし

動乱に乗じて権勢と失地の回復を狙う一派。

すなわち「闇の勢力」に属する者であった。





「……母はどうなりましょうか」


沈痛に過ぎる女の声がした。



「案ずる事はない。

 交わした契約は必ず護る。


 それが現世で我らを縛る

 唯一の御鎖みくさりにしてしるべゆえな……


 さぁ受け取るがよい。これがあれば

 そなたの母は遠からず快癒するだろう」



しわがれた影絵は僅かに手を掲げた。

深く平伏した影絵の手前に小さな光が。

忽然と玻璃の小瓶が現れた。


「有り難き幸せ……!」


這い蹲るが如くさらに平伏する影絵。



「早馬を使え。街道沿いの宿にも

 数頭用意してある。適宜乗り捨てよ。

 さぁ、急いで御母堂の下へ向かうがよい」


「ハハッ!」



上官たる武官の影絵にそう応じ、

柔らかさのある影絵は小瓶を宝物の如く

掻き抱き、疾風の如く小部屋より抜け出た。



扉が開き束の間差し込んだ光の中で

小部屋に在るのは平伏する武官一人。


すぐ閉じられて闇が戻る。

すると再び歪み屈む老いた影が沸いた。



「哀れなものよの」


「ハ、数刻は稼ぐでしょう」



くぐもりしわがれ老いた声に

緊張し恐縮した武官の声が応じた。


一旦逃げて貰わねば困る。

その上で、全てを被って貰わねば。


先々に伏せた討っ手らが万が一にも仕損じる

事のないよう、武官の影はただ只管に祈った。

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